| 05.03.19 自転車で春を探しに |
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| 明日が春の本番。 きょうは所沢に用があるのだが、自転車で片道10キロの道を小手指まで行く。 ちょっと考え、東川沿いを経路にとる。 正解。やはり咲いていた。ソメイヨシノ。 昨年は暖かかったために、二月から咲いている木もあったのだが、今年は二週間前に通ったときには一本も咲いている木は無かった。 きょうは寒かったが、かなりの花を見ることができた。 所沢市西新井町は住むのにはたいへんにいいところだと、しみじみ思った。
用を足したあと、市内の金券ショップに行き、「楽天球団」のチケットが無いか探すが、仙台ローカルのチケットなどここにあるわけが無い。野球のチケットはこの三連休の西武ドームのチケットしかなかった。
その後、知人の奥様の眠る霊園に行く。周辺は霊園の多いところだが、お彼岸とあり、どこも賑わっていた。 知人は以前からこのお彼岸はお墓参りができないと言っていたので、「俺が代参するから」といっていたこともあるが、ワタクシのような信心深い人間はこういったところで手を合わせるととても心が静まる。 仏様をお参りするということは、仏様や他人のためということではない。みずからのためであるのだ。
25キロぐらいの走行かな。 夕方より、ちょっと風邪気味でやばい。
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3月19日(土)20:59 | running ~05.03.20 | 管理
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| 05.03.19 歌っていいですね。 |
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| ワタクシは昼休みには弁当を食べながらテレビを見ていることが多い。 NHKのニュースを見たあとは「笑っていいとも」を見ている。 今週の昼休み、NHKの番組は卒業式ソングの特集であった。 チャンネルは変えず、ついつい見入ってしまう毎日であった。 月曜日に歌われた「大地讃頌」(字が分からん)は卒業式ソングという枠を超えてすばらしい合唱曲である。(すません、合唱となるとだまっていられません) 金曜日に出てきた第1位の「旅立ちの日に」は秩父市の影森中学校というけっこう身近な所の学校の校長先生と音楽の先生による作品ということで、やはり感銘を受けるものであった。
今現在、NHKでは「人生の応援歌」特集なるものを放送している。 オリジナルの歌手が出てくるのがうれしい。 ささきいさおのヤマトなどを聞き、「こりゃええわ」と思っていたが、太田ひろみによる「木綿のハンカチーフ」を聞いて、思わず落涙してしまった。 松本隆の歌詞がすばらしいなあ。
その後、この番組でも卒業ソング特集をしていたのだが、山本潤子の声が出ていないなと思いながらも、バックのアカペラのインスパイアだかいう連中のうまさにビクーリ。 こいつら、かなりうまい。俺らも学生のころ「プロになろうぜ」というやつがいたけど、本気にはならなかった。いま、それほどうまくないアカペラを聴いていると、「こいつらよりは歌えるし」と思うことも少なくは無い。 「翼をください」はいい歌だが、やはり金管が入って欲しいのと、女声のカウンターが入らないと感動は呼べない。平山康代が欲しいところであった。
加藤茶(一発変換)・仲本工事・高木ブーによる「いい湯だな(ビバノンロック)」はこの日一番の感動(火曜日にいかりやの特集番組をみたこともある)。なんせ、土曜日八時のこの時間帯は彼らの独壇場だったんだもん。「歯磨けよ、風呂入ったか。また、来週」には笑ったが、伊藤四郎が「来週は無いんだ。」と突っ込む。 茶が「また、らいねん」といっていたのにはかもいっ子のひとりとしてワラタ。
ワタクシはビデオを撮ってまた見るということはしない。再放送して欲しいな。こどもといっしょに見たい。
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3月19日(土)20:47 | ダイアリー05年03月 | 管理
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| 05.03.18 冤罪 |
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| 狭山事件と石川氏のことをご存知の方などほとんどいらっしゃらないことと思う。 昨日、再審請求が棄却されたので久しぶりに思い出した。 このワタクシが幼少のころの事件であるが、有名な「小原保によるむらこしよしのぶちゃん誘拐事件」など身代金目当ての誘拐事件が頻繁に起こっていたころに起きた事件である。 一般的な身代金目当ての誘拐殺人事件なら、ここまで大きな事件として21世紀の現代まで語り継がれることは無かったであろう。 この事件は事件後の警察の初動操作の失敗を無知無教養な出生による被差別を受けている人を容疑者にでっち上げてしまったことからこじれてくるのである。 ワタクシが大学生のころは構内に大きなたて看板が立てられ、「石川被告を擁護しよう」と連日のようにアジ演説がされていた。国家権力に対する反抗の象徴にされていたようなフシもある。 当時はわれわれも「そうだ、そうだ」といっていた口である。
現代になって歴史の目で冷静に眺めてみると、やはり警察の失態は大きな現実であるのだが、その後政治問題にしてしまったのは石川さんにとって対立を大きくしてしまい、司法の判断を遅らせてしまった不幸な結果になってしまったような気がする。 一回しかない大事な人生をすべてこの冤罪をはらすために戦って費やしてしまったのである。 国家権力の横暴さを思うとともに、闘争の仕方の戦術の立て方にも思いをはせてしまわざるを得ないのである。
近いひとに冤罪を主張してお勤め中の方がいらっしゃる。秋には出てくる予定であるのだが、彼はこの狭山事件をどう感じていることだろう。
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3月19日(土)08:55 | ダイアリー05年03月 | 管理
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