カワセミのつぶやき
 
身の回りの気がついたことを書き留めておきます
 
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Show by Jul/2006

水源林は野生生物の宝庫

06年06月25日 日曜日 曇り

昨日(24日)は雲取山に登ってきた。
奥多摩湖のはずれである、山梨県丹波山村鴨沢集落から登り、七ツ石山・雲取山・芋の木ドッケ・霧藻が峰・三峰神社を経て、大輪集落まで下って国道140号に出る。
トレーニングなので、秩父鉄道三峰口駅まで歩いた。
通常ならばふつかの行程である。

霧藻が峰~三峰神社は以前に歩いたことがあり、ハイキングコースのようなものだし、雲取山を正午前に発ち秩父宮殿下のレリーフまで来れば、あとは楽勝だと踏んでいた。
トレーニングということもあり、水分はなるべく摂る様にするものの、休憩とエネルギーはなるべくとらないようにしてみようと計画していた。
久しぶりの本格登山といいお天気のためか、登りでいいチョーシにちからを使っちまったことと、エネルギー切れからか終盤にきてかなり辛くなった。
白岩山からの急降下で霧藻が峰まで降りてきたところで、ほぼちからを使い果たしてしまった。
ここから先は予定よりも大幅に時間を使う羽目になってしまった。
ラクショーと思われた三峰神社までの下りでも思うように飛ばすことができず、かなり足とももに来ていることを感ずる。
無理をすると姿勢を崩し腰に来るので、慎重に降りる。
神社から国道までは700mの急降下で、ここでは泣きたくなるほどであった。
下りというのに大汗をかき、ところどころ休まないと足が動かない。調子よければどれだけ気分のよいところだろうと思うのだが。
鉄道の駅までの国道歩きも、ダンブカーや観光帰りのクルマがひっきりなしで、けっこう怖かった。距離もワタクシの目算が甘かったためもあり、そうとう長く感じた。

標記の件であるが、辛くなる終盤の霧藻が峰までの本格登山のあいだはとてもよかった。
ブナやコメツガの森林、それに厚いコケがとても見事で「これぞ奥秩父」というものを感じた。
その山林の樹木のした2mぐらいまでの川がベロベロに剥けている。シカの食害である。
大きなブナの倒木がたくさんあるのだが、風倒木や落雷によるものよりも、食害で水を上げなくなってかれてしまったものの方が多いのではないかなと思う。
じっさい、若い植林されたものはネットで保護されていた。
登山者に対するシカの害に関する公告や、狩猟にことを書かれた板をずいぶんと見た。
動物の糞もいたるところで見たが、登山者から見えるところでこれである。
さらに奥多摩側では集落から十分ほどのところでニホンザルをみた(台湾ザルかもしれないが)。「登山者は熊に注意」のたて看板もあったが、あながち脅かしでもないようだ。
30~40年ほど前の登山記を読むと
「秩父でもすっかりシカの鳴く声を聞かなくなった。乱獲によるものだろう」となげく記述を見る事ができるが、野生動物の保護が人間の意図した方向にはいかないことは大いなる皮肉であろうか。
まあ、植物にしろ動物にしろ、水にしろ、保護だ・なんだといっても人間の都合の良いように整えた環境に過ぎないわけだから、どこかで矛盾が生ずるのは仕方ないんだろうな。
登山者という観光客なんて、シカや樹木からすればいちばんたちの悪いものなんだろう。

(登山記はいずれ)



Jun.25(sun)22:53 | Trackback(0) | Comment(0) | ダイアリー 06年 | Admin

忘れてはいけない日

06年06月15日 木曜日 曇りのち雨

すっかり忘れていて、ある人の公開用日記を見て思い出した。
1960年のこの日に安保反対闘争のさなかに国会議事堂を取り囲んだ学生と警官隊が衝突し、ひとりの女子学生が亡くなられた日である。
その人の名を樺(かんば)美智子さんという。
「ある人」とは当時東京大学の学生でこの闘争の責任ある立場にあった人である。

忘れてはいけない日というのは、人それぞれだろうが、自分の場合は以下の通りである。

母の誕生日、友人が山で遭難死した日、青梅マラソン開催日、初めて北海道の某YHに行った日、樺美智子命日、ヒロシマ原爆投下の日、子供の誕生日、妻にプロポーズをした日、太平洋戦争勃発の日


いまの天皇は「戦後民主主義を具現化したひと」で、自民党の政治家よりもよほどリベラルと思われるが、天皇は忘れてはいけない日として取り上げているのが、
「沖縄慰霊の日」「広島原爆投下の日」「長崎原爆投下の日」「先の大戦の終わった日」であると語っているようだ。
それに近年サイパンに行ったことから「サイパン玉砕の日」も入っているかもしれない。
敗戦の日は感じやすい年齢だったし、戦争責任者の子供として死刑になることも覚悟したことだろう。
戦後の人民の苦しみながらも日本を復興していくところもリアルタイムで見ている。
アメリカ人家庭教師の影響もあるだろうが、彼のリベラルな感性と発言で、昨今の右がかってきている社会風潮に歯止めをかけて欲しいものである。

話がそれたが、結婚記念日や自分の誕生日などはもう、記憶の外になってしまっているなあ。



Jun.16(fri)08:00 | Comment(0) | ダイアリー 06年 | Admin

事故は身近なところで

06年06月09日 金曜日 雨

関東地方は入梅になった。
もっとも五月は大型連休明けから、きれいな青空の日というのがあまりなく、すぐにでも入梅という感じであった。
涼しくていいのだが、なんだか東南アジアの雨季のようだな。

そういや、皇太子夫妻の結婚記念日だな、きょうは。
俗に「一年でいちばんいやらしい日」といわれる本日だが、なんでそんな日に挙式したのかな。

ところで港区の公営住宅(これが耳で聞いていると「港区の高級住宅」と聞こえる。「港区」にだまされるのだろう)でエレベータ事故が起こった。
これに隠れて大きなニュースになっていないが、小学校のシャッターが落ちて子供が重態になる事故もおきた。
エレベーター事故ともども、事件といってもいいだろう。
このシャッター事故の小学校が
「五泉市立村松小学校」。
母の家のあるまちでのできごとである。歩いて十分もかからないところにある学校である。
もっともひとのいのちの尊さに変わりは無く、毎日のように起きては年に八千人が死んでいく交通事故にしたら、もっと身近なところで、身近なひとが当事者になるわけである。

最近、トレーニングをしたり、食事は気を使わなくともからだにいい物を自然に食べるようになっている。両親ともに健在のところからして、このまま順調にいくとワタクシも長生きすることと思う。
こうなってくると、やはり怖いのは「事件、事故」ということになるのだろうか。
まちがっても、女房や子供に殺されることは無いだろうが。



Jun.9(fri)15:49 | Trackback(0) | Comment(1) | ダイアリー 06年 | Admin


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