| 05.03.18 冤罪 |
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| 狭山事件と石川氏のことをご存知の方などほとんどいらっしゃらないことと思う。 昨日、再審請求が棄却されたので久しぶりに思い出した。 このワタクシが幼少のころの事件であるが、有名な「小原保によるむらこしよしのぶちゃん誘拐事件」など身代金目当ての誘拐事件が頻繁に起こっていたころに起きた事件である。 一般的な身代金目当ての誘拐殺人事件なら、ここまで大きな事件として21世紀の現代まで語り継がれることは無かったであろう。 この事件は事件後の警察の初動操作の失敗を無知無教養な出生による被差別を受けている人を容疑者にでっち上げてしまったことからこじれてくるのである。 ワタクシが大学生のころは構内に大きなたて看板が立てられ、「石川被告を擁護しよう」と連日のようにアジ演説がされていた。国家権力に対する反抗の象徴にされていたようなフシもある。 当時はわれわれも「そうだ、そうだ」といっていた口である。
現代になって歴史の目で冷静に眺めてみると、やはり警察の失態は大きな現実であるのだが、その後政治問題にしてしまったのは石川さんにとって対立を大きくしてしまい、司法の判断を遅らせてしまった不幸な結果になってしまったような気がする。 一回しかない大事な人生をすべてこの冤罪をはらすために戦って費やしてしまったのである。 国家権力の横暴さを思うとともに、闘争の仕方の戦術の立て方にも思いをはせてしまわざるを得ないのである。
近いひとに冤罪を主張してお勤め中の方がいらっしゃる。秋には出てくる予定であるのだが、彼はこの狭山事件をどう感じていることだろう。
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3月19日(土)08:55 | ダイアリー05年03月 | 管理
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