| 鉄道事故―あれから一年 |
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| 06年04月24日 月曜日 晴れのち雨、さらに豪雨
昼休みにテレビニュースを見ていたら、JR山の手線が事故で前面運休していると伝えていた。 電車の運転手が「いつもと異なる振動や音を感じた」といって司令室に伝え、すぐに運行を停止したという。 さすがは訓練された東日本旅客鉄道の運転士だと思った。 「安全第一」昔から言われていることだが、現場の本音では効率第一がまかり通っているというか、直接仕事をする現場の人間の「近道行動」や「不安全行動」による「ヒューマンエラー」による事故のなんと多いことよ。 いくらハード面を強化しても、最後には第一線の人間の意識の問題である。自分を守るための意識というものをもっと強く植え込まなくてはいけないと思う。
運輸会社の現場は客の命を預かっているので余計だろう。 異常を感じてすぐに停止したのは簡単なようで、実はそうではない。不断の努力による成果だと評価し、もって他山の石としたいものである。
あす4月25日は西日本旅客鉄道による福知山線の事故から丸一年である。なんだかそのときの霊が山の手線で大事故を未然に防いでくれたような気がする。
線路が持ち上がった原因が、アンダーパスの道路の恰幅工事によるものだといっていた。ニュースでちょっと聞いただけだが、これは専門のことなので、「なるほど。こういうわけか」と思った。 でも、これぐらいのことで、山の手線が数時間も止まっちゃうのか。
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Apr.24(mon)22:21 | Comment(0) | ダイアリー 06年 | Admin
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| ベンチャー企業の行く末 |
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| 06年04月20日 木曜日 午前は低気圧の通過に伴い嵐。午後は落ち着いて初夏の日差し
平成電電のことである。 CHOKKAというIP電話でなく激安回線の販売でNTTにのぞみ、それなりに活躍していたのであるが、IP電話などの普及に伴い、営業が思わしくなくなり、昨年の秋に民事再生法を申請し、事業拡大ができなくなり、現況のままでの営業を余儀なくされていた。 このたび尻拭いをしようという会社が手を引くこととなり、いよいよ事業精算になりそうである。 大手商社などが大株主となり一般投資家による株式投資や、NTTにのぞむ姿勢を評価したひとびとが契約をしてそれなりの事業規模となっている。 これを精算するとなると、ちょっとした社会問題となりかねない。 ワタクシがなぜこれを取り上げているのかというと、この会社のインターネット事業である「電光石火」と契約しているからである。 メアドなどくれないものの、一年で一万円というプロバイダー契約は価格破壊の旗手であった。 おそらくもう救済しようという会社は現れないだろうから、年内にも精算解約ということになるのだろう。月々の支払い分については小額であるが、契約期間内に引越しをしているワタクシとしてはけして安くついていないかもしれない。 いろいろの同業他社が競合して価格が下がるというのは自由主義経済のいい点であるのだが、その光と影の面として、当然競争に敗れるものが出てくる。敗者にも暖かい手を差し伸べる社会というのが成熟した社会だと思うのだが。
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Apr.20(thu)21:59 | Comment(0) | ダイアリー 06年 | Admin
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| サクラソウ |
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06年04月16日 日曜日 曇りときどき晴れや雨
このあいだ、テレビニュースで荒川の河川敷のサクラソウ公園のサクラソウが咲き出したという話をしていたので、休みに天気がよければいってみようと思っていた。 自宅からはそう遠くないところに有り、側もよく通るところであるのだが、いままで花の頃に公園に行ったことは無かった。 10キロぐらいなのでトレーニングを兼ねて走っていった。 1時間10分ほどでついた。 家を出るときは雨が降ってきたりしたものだが、サクラソウ公園に着くと日も出てきて良い散策をすることができるのであった。 となりの公園でサルサをやっているひとがいて、踊りはいいのだが、太鼓や音楽を鳴らしっぱなしなのは閉口した。 サクラソウはもっといちめんに咲いているのかと思ったが、ほかの草(ノウルシという種類の花らしい)のあいだにところどころ群落がある程度で、期待していたほどではなかった。 ただ、よい天気の下で広々とした公園でのんびりとたたずんでいると頭が空っぽになってとてもよい気分である。 小さな子供を連れた家族連れもいるが、お年寄りのご夫婦やグループが多い。日曜日の午後にしてはお客さんはおもったほど多くはなかった。駐車場にもかなり余裕がある。来週は「さくらそう祭り」ということなので、お客さんはたくさん来ることだろう。
誰も聞きもしないのに、ガイドをしたがるおじいさんがいた。けっこうウザかった。サクラソウばかりでなく、いろいろの野の花が咲いていてきれいなので写真を撮る人がたくさんいるが、公園の外の鴨川と水門を撮っている人がいた。干潮なのか水量調整なのかで干上がった鴨川がおもしろいためなのだろう。ワタクシも撮影してしまった。
公園でたたずんでとてもよい気分になったことでは、20何年か前に、行田の稲荷山古墳の公園で感じたことがある。これほどではないが、きょうもいい気分に浸ることができた。やはり客の少ないのがよかったのだろう。願わくは、サルサがいなければというのと、ライオンズが勝って欲しかったのであるが。
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Apr.16(sun)18:01 | Trackback(0) | Comment(2) | ダイアリー 06年 | Admin
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| またひとつ、三途の川への一里塚を・・・ |
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| 06年04月10日 月曜日 小雨
52回目の誕生日を迎えた。 なんとまったく失念していた。 友人からのメールと、奥さんが昼休みに 「今晩、なに食べたい?」 「別に、暖かいご飯と豆腐の味噌汁があれば」 と、返事をしたあとに気がついた。
三月なかばからマラソン大会やら卒業式入学式、各種花見会が相次ぎ、結婚記念日はなんとか覚えていたものの、自分の誕生日は分かっていはいたものの、当日になってすっかり忘れていたというわけだ。
この歳になるととくになにのお祝いをするわけでもない。子供たちは習い事や学校でいないし、家内もその世話で精一杯である。 なに、現代では毎日晩酌ができるし、うまいものを食べることもできる。むしろ、花見会続きのこのごろでは本当に白いご飯と味噌汁の基本食のほうをむしろからだが欲している。 じっさい、今晩はカツオの刺身・アジの刺身・ご飯・じゃがいもの味噌汁であった。子供向けにオランダ揚げがあり、それもご相伴に預かったが。
新世紀のころは「もう、廃業しようか」と思うこともあったぐらいであったが、なんとか持ち直してきた。 仕事さえあれば、70歳まで現役でいたいなと思うようになってきた。 奥さんとは五歳違いなので、その歳になればふたりとも年金が出るようになる。子供もとうにそれぞれの人生を歩んでいることだろう。 あと18年である。 結婚してから19年経った。もう21キロの折り返し点を過ぎてしまった。50を過ぎてからの18年などあっというまであろう。 仕事で私を必要としてくれる人があれば、それに勝る幸せはない。さらに必要としてくれる従業員に恵まれればしあわせは倍になる。 家族が同じように思ってくれれば、私の人生はいい人生だったんだろうなと思うことだろう。
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Apr.10(mon)21:26 | Trackback(0) | Comment(1) | ダイアリー 06年 | Admin
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