| ベートーベン交響曲第九番 |
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| 06年12月20日 水曜日 曇り いよいよ冬か。ジョージ・ウインストンの「ディセンバー」を思わせるような空だ。
ふつうに「合唱」と呼ばれているが、 ワタクシは「(神に導かれる)歓喜(よろこび)」と呼ぶ。
第一楽章「人生の苦悩」 第二楽章「収穫後の酒盛り」 第三楽章「エロス」 そして第四楽章、というところか。
ワタクシは第一楽章の頭をかきむしり、苦悶にもだえて 「人生はなんたるか」を模索するようなところがこの交響曲の中ではいちばん好きだ。 もっとも、ベートーベンは1~3はすべて第四楽章に収斂していくための伏線として作っているわけだが、どの楽章もすばらしい。 まあ、あらゆるクラッシク音楽の中でいちばん聞いている曲(平均するとほぼ週一。BGMとしている分も含めてだが)なので、まるでウインダムヒルズの曲のように親しみを持ってしまっているのだが。
「(神に導かれる)歓喜(よろこび)」 と書いたが、ワタクシはキリスト者ではない。 福音書は愛読書のひとつだが・・・。 キリスト者でなくとも、この曲を聴いていると、 神の前に裸になってすべてをゆだねるような気持ちというものが、ワタクシにもわからなくも無いような気になってくる。 これがベートーベンのちからなのだろう。
「第九」のCDは相当数所有しているが、ほとんどが50年以上前の演奏によるものだ。今度きちんと整理をしてみようと思う。 シューリスト、メンゲルベルク、フルトベングラーといった巨匠たちのものを聞いていると、トスカニーニなどこの曲をオペラの序曲と間違えているんじゃないかさえと思えるし、 ワルターやベームでさえ重厚に聞こえない。 カラヤン以降は子供の演奏だ。
そのなかでもフルトベングラーの演奏によるものは、現在日本で入手することのできる、すべての演奏会のものをそろえているはずでである。 このフルトベングラーの「第九」については後日述べたい。
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12月20日(水)18:46 | コメント(0) | ダイアリー 06年 | 管理
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