カワセミのつぶやき
 
身の回りの気がついたことを書き留めておきます
 
AIで楽曲を楽器やボーカルに分離する


ダイアリー05年04月
~説明~
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05.04.06 春の香り

仕事のあとにドームに行き、マリーンズの機動力野球を見てきた。西岡・今江と松井稼頭央の再来のような選手たちが活躍するのを見ているのは、敵ながら痛快なものがあった。
ワンサイドで結果はどうでも良い日であったし、すばらしいプレーにはライバルチームの選手といえ拍手を送りたくなる。

さて、最寄り駅から自宅への帰り道のことである。
自転車でぶらぶらと帰ってくるわけであるが、ようやく春の陽気となり、たいへんに気持ちがよい。もう、夜自転車に乗るのに手袋の必要もない。
いくときに、小学校や中学校のソメイヨシノは七分咲きくらいになっていて、見ごろだなと思って目をつけておいた。帰り道はその近くを通って帰る。
夜になると植物の呼吸が変わるのか、また視覚が弱くなるので嗅覚が強くなるためなのか、たいへんに甘く良い匂いを漂わせている。
さらに、その先に行くともっと強い甘い香りが漂ってくる。モクレンだ。
また、春の香りといえば沈丁花。どちらかというと早春のイメージだが、今年は寒い時期が長かったために、北国のようにいっせいに花の季節がやってきている。
自分のように嗅覚で季節を感ずる人間にはいま、とても至福の時間を迎えることができるのである。

ようやく夜桜に良い頃となったためか、夜十時半だというのに、提灯の明かりの消えた暗闇の中でまだ十組ほど宴会をやっている人たちがいた。暖かいから気持ちよいことだろう。週末にはわれわれも、と思うのである。



4月7日(木)12:30 | ダイアリー05年04月 | 管理

05.04.04 なかなか暖かくならん

きのうは極寒の仙台から帰ってきたこともあり、関東はなんと暖かいのだろうとと思ったものだ。
今日は雨も降りいちにち曇っていて気温があまりあがらない。
昨日、花も無いのに花見をしている人はそれなりにいたが、今晩は花もないのに夜桜見物で酒盛りをしている人もいる。
明日からは暖かくなり、もう寒の戻りも無いといっているので、週末には五分咲きぐらいの花見をすることができそうである。
仙台に行っているあいだに東京の花見が終わらなかったのでよしとしよう。
あとはライオンズの打線に春が来てくれることを祈るばかりである。



4月5日(火)12:45 | ダイアリー05年04月 | 管理

05.04.03 長女の高校入学式

深夜に仙台をたったが、途中運転手も那須高原で仮眠休憩を取っていたようだ。五時過ぎに入間に着き、LS、PLと下ろして、東京清瀬に帰り着いたのは6時。もう、未明早朝という時間ではなく、生活時間になっている。仙台の寒さにからだが慣れかけていたのか、早い時刻でも暖かく感ずる。

部屋に入り、一時間ほど横になってからだを休めたのち、朝食。
すでに坊主は起きて野球のコスチュームに着替えている。少年野球の日であるが、先発投手をするようだ。
スーツにネクタイと年に何度もしない格好となり、妻・長女と巣鴨に向かう。
たいへんに明るくよく晴れた日で、絶好の入学式日和である。
まだ新しい立派な建物で、さすがに三流とはいえ私立は違うものだと思う。
オーナーでもある学校長の79歳のおばちゃんの話を聞くと、かなり保守的な女子高のようで、奥さんは「厳しいところに入ってよかった。」といっているが、ワタクシなら絶対に入らないだろうなと思う。
まあ、ゆるく育てられ、人生なめたところのある長女なので、しつけや課題の厳しいところでもまれたほうがいいのだろう。
後援会長もかたぎとは思えないような方であったが、千数百万の予算の三分の一ほどがサッカー部の支援に使われるような予算表を見て驚いた。なでしこジャパンの選手もこの学校から出ているようだ。

それにしても学校長の話によると、学校法人の元となった専門学校は来期で廃校となり、もう土地建物も売却してしまったという。その売り上げ金でこの高校短大の施設を作ったという話であるが、名門の専門学校すら少子化の波に勝つことはできないようで、学校長の話を聞いていて唯一「じーん」としたところであった。
高校のロビーに行くと創設者で現学校長の父親に当たる方の胸像があった(こういったものを見るとハナ肇を思い出してしまう)。専門学校の廃校を知って、あの世の方はどう思っていることだろう。
現学校長がなくなったら、この高校もなくなってしまうんじゃないだろうかとすら思えてくるのであった。

おもてに出て周囲を歩いてみる。
ウラには大きなマンションやオフィスビル、ショッピングモールのあるまちができている。都心の住宅街にこんなものがあるんだ。
街路樹のサクラの木は淡いピンクの花をちらほらほころばせていた。昨日仙台にいたままのズボン下を履いてきたのでたいへんに暑い。

その後、地蔵通り商店街に行き、町を見て食事。
「おばあちゃんの原宿」といわれるだけあり、タレントショップもあったりして竹下通り(ここ20年いったことはない)のような雰囲気をかもし出している。浅草仲見世とはことなる賑わいである。ちなみにワタクシは浅草は大好きである。
食後、高岩寺にいく。ここは「とげぬき地蔵」で有名である。お地蔵さんには大行列ができていた。
ワタクシは御本尊に手を合わせ「弟のカブレラ地蔵が本塁打を打てますように」ととんでもないことを賽銭もいれずにお願いしてきた。
その直後に試合の始まったところの仙台のBTに電話を入れる。
こちらが刺抜き地蔵の話を切り出す前に先方が
「カブレラが場外本塁打をかましましたよ」
お願いというものはかなうものだなと、このお寺のありがたさを思うのであった。今度はお賽銭をちゃんと入れて拝もう。つうか、長女はこれから毎日ここに来るのだから、代参を頼んでもいいな。

早く帰って横になり、野球を聞きたいのであるが、百貨店に寄ったりしてなかなか帰してくれない。
三時過ぎに帰宅してラジオを聞いているうちに寝てしまうが、なぜか無死二三塁のピンチを切り抜けたときと、ゲームセットのときは目が覚めて聞いていた。次に目が覚めたら「サザエさん」をやっているときであった。朝、貴重品だけもって部屋に戻ってきたので、クルマの中はぐちゃぐちゃ。これを片付ける。
遠征でからだがまいっているので、夕食はサラダにごはん味噌汁ぐらいの食事がいいのだが、入学祝で寿司やら揚げ物やらご馳走が並ぶ。缶ビールを飲みながらちょっとつまんだぐらいである。その分、投手をして腹をすかせた坊主がたくさん食べてくれた。
坊主の風呂上りには肩と腕をマッサージしてやった。ワタクシのマッサージ術は免許こそ持っていないものの、アマチュア離れしていると自負している。






4月4日(月)17:30 | ダイアリー05年04月 | 管理

05.04.02 遠野っ子イン仙台

昨晩は一時半頃の就寝であった。前の晩は深夜走行のため、仮眠二十分の半徹夜である。
それでも血が熱くなっているのか5時にいったん目が覚める。からだを休めなくてはならないので、おとなしくベッドの中にいる。
七時半に床を出てシャワーを浴びる。
LSを起こして、彼の部屋で発泡酒の朝食。
モバイルでライオンズ関連のBBSをチェックしたりする。今日の作戦も練る。
きのうは入れ込みすぎていろいろと応援グッズを持ち込みすぎてかえって不完全燃焼となってしまったので、きょうは被り物と旗ぐらいにする。
9時を過ぎると着替えて支度をし、いざ出陣。
LSを場所取りの列に残し、食事の買出しなどにいく。ヨークベニマルにお姉さんのたくさんいるパン屋が入っていて、おいしそうだったのでたくさん買ってしまった。

きょうは自由席の場所は高いところに取る。
もっとも、宮城県在住の遠野っ子が二人来るので、指定席で見る予定ではある。
12時前に彼らもやってきて合流。ひとりはいまでも職場で軟式をやっているほどの野球通であるが、旧宮城スタジアムにはずいぶんとやってきたといっていた。
もうひとりが仙台市内の繁華街にトラックが突っ込み、何人か死者が出ているといっていた。
指定席に座って彼らと歓談していると、開始前にBTが到着。俄然にぎやかとなる。

試合は別項に譲る。

試合終了後、ワタクシのクルマに合流した人間を含め六人が乗り、仙台在住で道の詳しい知人に運転を譲り、市内観光ののち中心街へ行く。
駐車場に車を止めて繁華街を歩く。
三越で土産ものを買い、民芸風の炉端焼きで夕食。席数を少なくしているのも、お客さん同士や女将の話の届く範囲ということなのだろうか。たいへんに雰囲気もよく、料理もおいしいお店であった。地方にしてはいい値段なのは席数が少なく、回転の悪いことを考えれば仕方ないだろう。
その後、クラブへ連れて行ってもらう。
このビルに入っているテナントすべてがクラブのようなビルだった。
ここで帰路運転のLSには悪いが、けっこう飲んで遊んだ。
仙台の放送局で制作をしているTOMOがあとからやってきていろいろと話を聞く。また所沢に来るので遊びましょうという手はずになった。
けっきょく店を出たのは12時ごろであった。
おもてに出ると来るときよりも通行人はかなり多く、驚く。
人相のよくない黒服や化粧のきついおねえちゃんの客引きもたくさん出ている。まるで東京でいえば蒲田か北千住のようだ。
TOMOの話によるとこの町がいちばんにぎやかなのは深夜二時ごろだといっていた。

駐車場に戻り、ここを出たのが12時半。運転はLSに任せ、PLとワタクシは後ろにひっくり返り、高速に入ったころには寝てしまうのであった。



4月4日(月)12:45 | ダイアリー05年04月 | 管理

05.04.01 プロ野球観戦仙台ツアー

昨晩、埼玉の友人宅を11時半頃にでて朝5時過ぎにはフルキャストスタジアム宮城に到着した。
まだ、なんと突貫工事が続いているようだ。
球場の周りをひとまわり偵察したあと、プレス用と思しき入り口通路があいていたので、これを入る。
ちょうど外野の入り口近辺であったので場所取りには好都合であった。
シートが三組ほど敷いてあったが、これは応援団のものだろう。それにしてもこれだけしかいないのか。
反対側の楽天サイドに回ってみる。ライオンズ側よりは多くのシートが敷かれているが、この特別な日にこれだけといいうが情けなく思えるほどであった。
その後、ぐるりと回って観察・偵察。
まだ誰も使用して胃のだろうな、と思われるトイレで排便し、記念撮影したりする。
時間のたつに吊れほかのライオンズ応援団もきて場所取りを始めている。
LSがトイレに行っているうちに警備員が来て関係者の所から追い出されたので、おもてのコンビニに非難する。LSに電話してやってきてもらう。
場所取りの定時になり、またいってみる。テレビ局が朝の番組のレポートをしたり、球場内を取材したりしている。自分たちもインタビューを受ける。

その後、青葉山方面にいき、適当なところで仮眠ののち、秋保温泉にてリラクゼーション。市内中心部から30分ほどで郊外のリゾートまで来ることのできる都市というのはいいものだ。
昼食後、ホテルにチェックインし、着替えていざ出陣。コンビニで飲み物など買っていると髪を楽天選手の名前と背番号に刈った女性を発見。これを見て、こちらも戦闘モードになってきた。がんばるぞ!
列に並ぶとわれわれはいい絵になるのか取材各社にインタビューを受ける。そのたびにいろいろとあることないことをしゃべる。まあ、カメラ目線で、にこりともせずにしゃべる素人なのでやりにくいことだろう。

試合のことは別項に譲る。

試合終了後、肩を落とし疲れた足を引きずってホテルに向かう。来るときにLSが目をつけておいた店に入る。われわれはライオンズのウインドブレーカーを着ているにもかかわらず、誰も気がつかないようだ。
しばらくしてわかった。ライオンズとか野球とか認識されていないような感じである。
その後、勝利に酔った楽天ファンがどんどんとやってくるに従い、店内は野球モードとなり、われわれも「あ、東京からいらっしゃったんですか?」など大将に聞かれてしばらく話をするようになった。
店を出るときは他のお客さんにも丁寧に挨拶をして出てきた。

ホテルに戻ったのち、LSは即効寝てしまったようだが、PLとしばらく部屋で反省会をするのであった。






4月4日(月)12:20 | トラックバック(0) | コメント(0) | ダイアリー05年04月 | 管理


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