| 連休中盤はチューリップ咲く新潟へ-2 |
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06年05月03日 水曜日 快晴
(前ページより) ここから母のうちへ。 荷物を下ろし、仏壇に手を合わせお茶を飲むとすぐにDONと落ち合わなくてはならない時間となる。彼は新潟駅で借りたレンタカーで会津方面を観光していて、いま五泉のチューリップ畑まで来たところだという。 ワタクシと姉は西方の湯に行きたいので、五泉でDONと落ち合って西方の湯に行くことにする。
さて姉と望を乗せて五泉に向かう。チューリップ畑は広いので近くの牡丹園で会うことにした。牡丹園に行ってみると、今年はなんと一輪も咲いていないではないか。即売しているものもボタンではなくシャクナゲである。だめだこりゃ。やはりことしは花が遅れているのか。 ここでDONのレンタカーに先導されて新潟駅へむかう。高速からチューリップ畑を所々見ることができるが、これよりも穏やかな天気の中を家族総出で行なっているような田植え風景のほうが見ていて楽しくなるのであった。新潟だなあ・・・。 仙台並みの大都会である新潟市内をうろうろとして駅前にやってくる。駅は繁華街からは離れているのであるが、駅周辺もずいぶんと発展してきた。 ここでDONも自分のクルマに乗せて中条に向かう。彼の話しだと、どうも昨日夕方に塩の湯と西方の湯に入っているらしい。今日は本当は新津温泉に入りたいようなことをいっていたのだが、そうは問屋が卸さない。 新潟市内からほどなく中条に着く。駐車場でクルマから降りたときからツンと鼻をつく匂いが漂う。一日(ついたち)に電話をしてきいておいたのだが、今回は「濃いほうのお湯が入っている」ということを確認してやってきているのである。 例のおじさん(管理人であり、経営者なんだろうな)に直接料金を払って入浴する。 「温泉マニヤを狂喜乱舞させる掃除をしていない便所臭さのある強烈なお湯」とついにご対面である。今まで二度ほどここに入浴に来ているが、二度ともおとなしめのお湯であった。もっともおとなしいほうのお湯でもじゅうぶんに個性的で、ワタクシは西方の湯のファンとなってしまっているのであるが。 浴室に入ると、おとなしいお湯と同様にヨードチンキ臭が漂う。好きな人にはこれがたまらない。 浴槽は茶褐色ににごり、下まで見通すことができないほどである。源泉のままではちょっと熱めであるが、ワタクシはこれぐらいでちょうど良い。源泉の湧き出し口まで行き、ひと口飲んでみるが、かなり鹹辛い。昼に食べた杭州飯店のラーメンスープのようだ。 湯につかってみるとからだにしみる。手にところどころ切り傷を作っているのと、昨日献血をしているための注射針のあとにヨーチンのようなお湯がしみるのだ。 浴室はかなり熱いので露天にいく。バルブは勝手にいじることができるので、望とお湯をたくさん出して遊ぶ。青空天井なので臭いは室内ほど無いが、良い天気のもとで気分爽快である。今日の温泉は百点だあ。 露天からは親鸞像の横顔を拝することができる。「ああ、いい湯だ。」というと「それを聞いて親鸞さんがこっちを向いたら面白いね。」と望が不気味なことをいう。 いつまでも入っていたい。なかなか離れがたいが、からだはそんなに持たない。また新潟に来たときに来よう。 さて、この温泉はお湯以外におどろおどろしいところがいろいろとあるわけなのだが、来るたびに寂れていってしまいちょっと物悲しくなってくる。 休憩施設はいよいよ一ヶ所だけになり、飲食物は提供しているようだが、ちょっとさびしい感じがする。あの屋台村は復活することはないのだろうか。 また、中央部の舞台つき宴会場には古着やら什器類が所狭しと並べられていた。備品の虫干しをしているのかと思ったが、どうも販売をしているようだ。食器類はかつてここで使っていたものだろうか。古着は以前の持ち主のネームが入っていたりして、とうてい売れるようには思えない。 どうもジリ貧になってきて経営も縮小してお湯だけにしぼっているようにも思える。ここのお湯はすばらしいのだから、廃業だけはして欲しくない。じっさい、われわれの帰るころにはたくさんのお客さんがやってきていた。お湯はやはり人気が有るのだ。 すでに五時をまわってしまった。まだ明るいが通勤割引がきくので中条ICから高速利用で帰ることにしよう。 途中、チューリップ畑が広がり、ここで引っかかってしまう。写真を撮り遊んでいると、地元ナンバーのアベック(死語)が「あのう、ここがチューリップ祭りの会場でしょうか?」と聞く。いえいえ、ここではありません。 「もうちょっと先が会場ですけど、こんな時刻なのでやっていないと思います。」と答えて高速に向かう。と、すぐそこが会場であった。駐車場は開放されているので入ってみる。先ほどのアベック(死語)も入ってきた。 うす暗くなりかかっているがまだじゅうぶんに鑑賞することができる。観光施設ではなく、「チューリップを栽培している畑」を観光客に開放しているので、この時刻には管理人も帰っていってしまっている。 土手から見下ろすと昨年とは菜の花とチューリップの畑の配置がさかさまである。輪作して、連作障害を避けているのだろうか。 ここでさんざん遊んでしまい、かなり暗くなってきた。時刻もいい時刻となってしまった。七時までに帰宅することはできない。帰ると家内の怒る顔が見えるようだ。 高速道路にはほとんどクルマが走っておらず、すぐに新潟市内。暗くなってしまったので面倒になり安田ICまでいったのだが、新津ICでおりて阿賀野川沿いの道を来るか、もっといえば新潟空港ICでおりて阿賀野川沿いの道を来たほうが距離としてははるかに近いようだ。 連休で市場が休みのためかサカナも野菜もあまり良いものは無く、まあ普通の夕食であった。奥さんにはやはり怒られた。 DONもいるので銘酒:〆張鶴「純」の一升瓶はあっという間に空いてしまった。 夜は、DONと父と三人で同じ部屋で寝るのだが、DONが一晩中セキをしていた。自分はこの連休中は不眠が始まり、セキを聞いていたこともあいまってあまり眠れなかった。
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5月3日(水)22:00 | コメント(0) | ダイアリー 06年 | 管理
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| 連休中盤はチューリップ咲く新潟へ-1 |
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06年05月03日 水曜日 快晴
大型連休の中盤は村松の母の家に一家で行くことにしていた。 母が青森の義母に「チューリップのころに遊びにいらしてください。」といっておいたらしく、義母が上京してきた。この義母を観光案内すべく、父も村松に行くことになった。もちろん大スポンサーである姉も行く。 定員8人のクルマに7人が乗って新潟に行くことになった。 子供ふたりも中学生なので7人乗るとちょっと狭くなる。 しかしこういったときにワンボックスは便利なものだとつくづく思うのであった。
さて、義母の妹が越後堀之内にいるのでそこに立ち寄りたいということになった。 こうなるとETC割引を活用した高速道路の使い方をしなくてはならない。 あさ5時に姉を清瀬駅で拾って三芳PAに向かう。ラジオの交通情報ではすでに流れが悪くなっていることを伝えている。 三芳PAのETC専用ゲートから入ると、建物のすぐ前に出るので驚いた。 すでに多くのクルマや人でPAはごった返している。自分はここで休憩することも無くそのまま走っていく。 川越の先から自然渋滞が発生していて、本庄児玉あたりまで時々流れが悪くなったり止まったりする状態が続くのであった。アップダウンによる速度の変化が原因の渋滞と思われる。道路の構造上の欠陥とドライバーの心理による(これも大きい意味で構造上の欠陥といえるだろう)ものである。 30分ほどよけいにかかり、赤城ICでいったん降りてすぐに乗りなおす。 このあたりからはマイペースで走ることができる。上州武尊山や谷川連峰の美しい山並みの写真を撮りながら走る。 国境の長いトンネルを越えると晴れて明るいものの、山には雲がかかり巻機山や八海山を見ることはできない。六日町あたりからは霧さえ出てきた。 湯沢や石打といった山沿いでは田んぼの雪が消えていたのだが、大和(浦佐)や小出では田んぼはまだ雪をかぶっている。 小出ICで降りる。高速代は併せ技でも3千円にならない。早朝割引と通勤割引をうまく使ってだいぶ倹約することができた。 小出から堀之内はとなりまち。ここで一家ともども朝食をご馳走になり、久しぶりに会った叔父と語らう。酒でも飲みたくなるようだが、まだ九時である。 ことしはまだ町にも雪が残り、近くの山などまだまだかなりの雪がある。 義母をここでおろして11時ごろに出発。もう高速に乗ることもあるまい。急ぐ旅でもなし。 川口の町でなぜか渋滞するものの、小千谷からは二車線道路で高速同様に走ることができる。地方では高速道路を作るよりも幹線国道を二車線化したほうがよほど経済効果や交通安全に寄与するものがあると信ずる。 長岡を過ぎると田んぼに水の入っているところも有り、新潟の春を感じさせる。
さて、燕に来ると昼をまわったところであり、年末にも来た杭州飯店で昼食にする。 姉と次女は年末には来ていないが、駐車場が大きいことに驚いていた。 じっさい店の外にも行列が伸びているぐらいで、繁盛していることをうかがわせる。 タクシーでやってくる一行もいる。 品物は見込み生産でどんどん作っているのか客の回転は速く、混んでいる割りにはすぐに席に着くことができた。先日いった佐野の万里はこれよりも待ち時間は長いが、店員の客に対する姿勢が丁寧で好感を持つことができる。杭州飯店はそこまでりっぱではなかったが、行列店にみることのできる横柄さはない。 トイレに行ったときに驚いたものを見た。土地のおじさんたちと思われる人たちが、大皿に盛られた肉野菜炒めを食べながらジョッキのビールを飲んで宴会をしている。 この店は中華飯店であるが、休日日中は中華そばと餃子しか出さないという店である。土地の人に無理言われてやっているのだろうか。 あいかわらずの強烈な酸味のきいた鯖節ダシの背油ギトギトスープにうどんのような極太麺。これはやみつきになる。大盛りがするするとのどを通って食べつくしてしまった。 地方の中華そば屋にしてはいい値段であるが、これだけ行列ができるのだから強気の商売でもいいのだろう。 店を出るとどんぶりや皿を持ってくる人がいた。食器洗いが間に合わずに、近くの系列店から持ってきているのだろうか。あるいは出前を取ったひとが食器を下げに来たのだろうか。 駐車場にとまっているクルマを見ると他県ナンバーのものも少なくなく、南関東や東北のクルマを見ることもできる。 ここから母のうちに向かうのであった。 (次ページに続く)
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5月3日(水)20:00 | コメント(0) | ダイアリー 06年 | 管理
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