カワセミのつぶやき
 
身の回りの気がついたことを書き留めておきます
 
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ダイアリー05年05月
~説明~
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05.05.07 週末がやってきた

本日は当初の予定通り、新婚当時に住んでいたアパート(「愛の巣」っちゅうやつですな)に同じころいたご一家とBBQである。
長い休みのようだが、お互いに子供が大きくなってきたりすると、全員の都合がうまく合う日などなかなかあるものではない。
実際、ワタクシは知らなかったのだが、朝六時ごろから騒がしいと思ったら、長女は今日は登校日だという。先方のご長女も部活で来ることができるのは夕方になるといっていた。
昼前に買い出しに行くが、誰もついてこなかったので、飲み物やら野菜やら肉やらでものすごい重量の荷物を駐車場まで持っていくのがたいへんであった。
朝のうちは雨が残り、買い物に行くころはまだ小雨さえ振ってくるような気候であったが、家に戻るころには日が出て明るくなってきた。
雨だったら室内でホットプレートかな、とも思っていたのだが、これなら屋外にシートを広げて行なうことができる。
「うちの庭」にブルーシートを広げ、火をおこしはじめる。ワタクシは火おこしは得意である。この日報の前に、村松で火事を見たことを記したが、あれはワタクシのつけたものではない。
一時過ぎにご一家がやってきた。ご長女もいっしょであったが、あさ雨が降っていたので部活というか試合が中止になったということである。
こちとら火をおこしながらすでに飲んでいたが、午後は濃くなってきたみどりをみごとに初夏の日が照らすようになってきて、後頭部がじりじりと熱いほどである。
ラジオを持ってきていたが、焼き物や話に忙しく、ラジオの野球中継を聞いているヒマは無い。
子供たちが大きくなってきてしまい、大人と遊んでくれないのがちょっとさびしいが、それはそれで楽しみである。
炊飯器に炊いたご飯も持ってきて、それを食べると向こうのお父さんはいよいよ寝そうになってきたので、家にもどる。帰ってきたらそのまま寝てしまった。
ワタクシも七時ごろからは横になってラジオで仙台の野球中継を聞いていた。八時ごろにお父さんは目を覚まし、帰っていった。かつて先方の家でBBQを行なったとき、ワタクシも酔っ払って寝てしまい、気がついたら9時半頃で先方のご家族はみんなパジャマ姿だったということがある。
だいたい年に二・三回このうちと会合を持つが、近頃はどちらかのお父さんが寝てしまうというのが恒例となっている(高齢になったせいか)のである。



5月7日(土)23:41 | トラックバック(0) | コメント(0) | ダイアリー05年05月 | 管理

05.05.05 片付け・清掃・回転寿司・帰京

夜中に火事があったせいか、眠りも浅くあまり疲れが取れなかった。西方の湯で足腰が軽くなったというのに、ちょっと戻ってしまったみたいで残念。疲れが取れてきて悪いところがはっきりと分かるようになってきたためなのか、右の坐骨のあたりが痛く感ずる。ちょっと前にもあったことだ。
朝食後、洗濯と掃除である。きょうはあまり天気がよくないので洗濯物の渇きがあまりよくないことだろう。きのうおとといなど朝乾せば昼には乾いていたというのに。
帰るのは渋滞を避け、暗くなりかけてからということにしているので、洗いものを一切やってしまう。シーツや昨晩着替えた下着など小さな洗濯機はフル回転である。自分も箪笥を元に戻し、この部屋をよく掃除機をかける。廊下や娘たちの寝ていた部屋も掃除機をよくかける。
昼食時になると五泉に行き、「回転すし」が食べたいと久子が言い出す。母の意向とは思えない。私はすでに毎日の外食に疲れてしまい、きょうは盛りうどん程度であっさりと、と思っていたので困惑する。それに窓の掃除なども行ないたかったし。
望など外食と聞いて、「もう、ラーメンやチャーハンは食べたくない」と言い出す始末である。
みんなを乗せて五泉に行くが、毎日この農道を走らせていることだ。叔父さんのリハビリをしている病院の前を通り、ことぶき寿司へ。二時ごろだったのでもうほかのお客さんがあまりおらず、われわれの食べているうちに貸切りとなってしまった。百円の皿になかなか美味しいものが多くうれしかったが、特にハタハタの握りはねっとりとして美味しかった。こんなものは初めて食べた。ホタテ稚貝の味噌汁も暖かくて量があり、おいしかった。塩で食べるカンパチ(240円)、活バイ貝(240円)もうまかった。240円の皿はこれにヒラメと三皿。あとは100円の皿で、イカ・ハタハタのほかカニ味噌・山かけ・梅シソ巻と全部で八皿だっただろうか。
そのあと、三本木を抜けて牡丹園に行くがほとんど咲いているものはない。早出川の土手に登り、川内の山を見ていると気持ちがよかった。そのご阿賀野川を渡った向こうまで行き戻ってきて、火葬場近くのチューリップ畑を見る。おばさんが農作業をしていたが、みごとな手つきで花を摘み取っていく。花を出荷するのではなく、栄養を取られないように花を摘むのだ。半分以上がすでに摘まれていたが、ここはいいところだと思った。
大坂屋による。自分は車内で寝ていた。かなり本格的に寝てしまったようで、目の覚めたときに状況をよく把握できないほどであった。帰宅してさらに横になる。ニュースによるとそれほど道路は渋滞していないようなことを言っている。6時に村松を出て、途中のんびり食事をして深夜料金になる頃に高速を出るという作戦であったが、この分だとだいぶ早く帰京してしまうようだ。
ははがたくさんおにぎりを作ってくれた。これや玉子焼きを持って出発。六時を過ぎていた。大沢峠で4LのPETに水をつめ、燕でクルマに燃料を入れて高速に入ったら7時を過ぎていた。順調すぎるしみんな寝ているので、途中で食事をするために休むここと無く走り続けようと思ったが、久子がトイレ休憩をしたいというので、TNを抜けた谷川岳PAで休憩。ここを出たのが九時を過ぎていただろうか。
赤城高原を過ぎ、渋川ICを通過しても交通量は多くなってこない。藤岡JCではかなり合流するクルマがいたが、合流のために渋滞するようなことも無く、順調である。
三芳PAにETC専用出口が設けられたというので渋滞していたら使ってみようと思っていたが、そのようなことも無いので所沢まで来てしまった。うちについて10時半前であった。谷川だけからずいぶん早かった。家族を下ろし、姉を東伏見に送る。ライオンズファンクラブの永日指定席引き換え券をもらってきた。渋川あたりからFM埼玉をずっと聞いていたが面白かった。ドライブのともにちょうどいい感じである。
ETCの割引きをもうちょっと勉強して100キロ以内の利用を工夫すると、かなり有効になるようだ。
昼食 五泉「ことぶき寿司」にて回転すし8皿。ハタハタの握りが面白く、おいしかった。
夕食 おにぎり



5月7日(土)08:00 | トラックバック(0) | コメント(0) | ダイアリー05年05月 | 管理

05.05.05 深夜の火事

4日の晩は12時前に床に就いた。うつらうつらしているところで耳にパトカーのサイレンのような音が聞こえ、これが近くで止まるのが分かった。久子が「おとうさん、火事みたいよ」というので起きてみる。南側の家の向こうが赤くなっているのが分かる。
望がおきて出て行こうとするのでついて行く。本堂橋まで出てみると火事の様子がよくわかる。川沿いに少々上流にいったところの家がバンバン燃えている。これは近所の家もやばそうだ。川を挟んでいるとはいえ、向い側にはガソリンスタンドがある。大丈夫だろうが気味の悪いことである。
火元の家は仕方ないにしても、なかなか消防車がやってこない。隣のうちはなんとか大丈夫かなと思っていたが、火元の家の火が盛りになるにつれ、だんだん温度が発火点に近づいてきたのだろうか、室内に火がみえるようになったかと思うとみるみる建物全体が火に包まれていく。
国道を挟んでこちら側の橋の上から見ているだけで、反対側の様子が見えることは無いのだがこの火の勢いからすると、向こう側も悲惨なことになっていることだろう。隣で見ていたおじさんが「あっちは町議会議員の深いさんのうちですよね。」と相槌を求めてくるが、私には分からない。
それにしても消防車がなかなかやってこない。自衛消防団の消防車が何台か集まってくるのだが、ちいさなものでポンプの勢いも強くは無いのか、火の勢いをとめることはできない。
そのうち、母が姉とやってきた。近所に友達がいるので様子を見に行ってくるという。その方は結果的にはなんでもなかったのだが、姉と母はずいぶんと大胆な行動に出たものだと思う。そのときに久子が望を連れて帰ってしまった。自分はしばらく見ていたのだが、ようやく大きな消防車がやってきた。すでに火元の家など棟が崩れ落ち、火の勢いは盛りを過ぎてしまっているほどである。類焼した隣の家もほとんど全焼の様子であるが、この消防車がやってきてようやく火事の勢いも納まり、なんとか消火に向かってきたので家に戻るのであった。一時ごろに寝る。この晩は眠りが浅かった。



5月6日(金)15:15 | トラックバック(0) | コメント(0) | ダイアリー05年05月 | 管理

05.05.04 一面の菜の花とチューリップ

アリ退治をすべく、朝食後はたんすを動かす。ホコリだらけであるし、壁はカビだらけだ。ときどきこうしてたんすを動かし風を通さないといけないなと思う。東京に戻ったら自宅の家具もこうしてやら無くていけないかなと思うが、おそらくやらないことだろう。祖母のたんすなど虫食いになってしまっていて、動かすと木の粉がぼろぼろとこぼれてくる。木の釘も所々抜けていて板が外れているところがある。玄能を持ってきて直すが所詮は応急処置である。建具屋に持って行って直してもらうことが肝要だろうが、それだけのたんすには見えない。いちおう桐の和箪笥ではある。
女性陣は洗濯に忙しく、これが終わったところで11時過ぎに家族みんなで出かける。R403を通り、亀田からバイパスに入ればほとんど高速道路。年末にPLと来た道をたどって中条に向かう。聖籠の道の駅に寄るとこれが「道の駅の発祥」だということが書かれていた。ハバネロの入ったかんずりを買う。ここの情報センターで得た情報によると、チューリップ祭りを行なっているのは長池公園というところだということであった。情報センターが役に立ったのである。 それにしても新潟県下の道の駅はすごい。
中条町長池の公園に来た。すばらしい。天気がたいへんによいのも幸い、楽しく遊ぶことができた。菜の花迷路もとてもよかった。
ここで長い時間遊んだようで一時間ぐらいのものだったのか。直売でイチゴをたくさん買うが(4パック)、のどが渇いていてたいへんに美味しく感じ、すべてを7人で食べてしまった。
食事をするようなところは近くになさそうなので、中条の街中に向かうがけっこうある。それに知らない町なのでどこにどんなものがあるのかも分からない。うろうろしているうちに田舎町にしては立派な中華料理屋を発見。まあいいやと思いここに入る。中華丼でも食べようかと思っていたが、母がこの店の名を冠したラーメンを注文したのを見て、これもうまそうだと思って自分も注文する。分厚い豚肉の角煮が三切れ入った立派なものであった。特に真ん中の一枚は厚みが三センチぐらいあるのではないかと思うようなものであった。姉と柚香里が五目あんかけ焼きそば、久子が中華丼、美咲が海老チャーハン、望がかにチャーハンと、思いがけずに豪勢な昼食となった。十年ほど前は家族でよくこんな中華屋に行っていたものだが、最近はさっぱり外食しなくなったからな。
このあと、西方の湯に向かう。中条の町なかから親鸞像がよくわかる。つくと母も入りたがらないようで、姉と久子と自分の三人だけであった。入ると、男湯にはふたりぐらいしかお客さんがいなかったし、すぐに出て行ってしまい貸し切り状態となった。早速カメラを持ってきて写しまくる。冬きたときには入っていなかった露天風呂にもきょうは湯が張られている。ここからぬるくにごった湯につかりながら親鸞像の横顔をみていると不思議な気分になってくる。石楠花は咲いているし、東屋や植物もあってなかなかよい環境である。なんで客が少ないんだ。
源泉で顔をジャブジャブと洗うと気持ちがよい。たいへんに塩分の濃いお湯なのだがぜんぜんべたべたとせずいいお湯である。
姉は「なんでこれだけ立派な施設といいお湯があるのにこんなにすいているのだろうね?」と不思議がっていた。GWだし、人気のある日帰り温泉施設はどこもいっぱいのことだろう。ここはたいへんによいところであるが、こんな集客では何年先まであることかと思いやられる。個人的にはいつまでも残っていて欲しい施設なのだが。

さて、これから一路村松の家に戻る。混んでいて帰りは高速を中条IC~安田ICで使うようかと思っていたが、来るときはどこもたいへんにすいていたので、来た道を戻る。紫竹寺ICで間違って降りてしまったが、アルビレックスのサポーターと思しき格好をした親子連れなどが歩いているのを見る。すぐ近くにビッグスワンがあるが、今日は開催日だったのかもしれない。
五泉の山すそにブルボンの工場があるのだが、ここで美咲が写真を撮りたいという。W-indsに関係のあるようだ。
スーパーで夕食の買出しをして帰宅する。もう六時をとっくに過ぎ、いい時間である。中条で食事をしたのが三時過ぎではあったが。
自分はあまり腹も減っておらず、長池で買った豆腐とサイトウで買ったアラメ煮ぐらいで十分である。酒もあまり飲まなかった。
昼食 中条「蘭亭」にて蘭亭ラーメン800円
夕食 アラメ煮、黒豆豆腐の冷奴、刺身









5月6日(金)15:10 | トラックバック(0) | コメント(0) | ダイアリー05年05月 | 管理

05.05.03 村松周辺の晩春風景

6時にいったん目が覚める。その後寝てしまい、七時の時計が気がつかないほどであった。七時半におきる。
朝食後、庭に出て花を見たあと、朝市に行くがあまり店が出ていない。「越後姫」というイチゴと地物の花のついているきゅうりを買った。
ここで佐藤さんと落ち合い、家に行く。その後、昼ごろに帰宅するのだが真井ちゃんを連れてくる。しばらく遊んだあと、親が引き取りにきた。それから五泉の恵比寿に行きラーメンを食べる。特大を頼んだが、麺が多く、ちょっともてあまし気味であった。6人で来たのであるが、チャーシュー麺を三人前、普通のラーメンを三人前頼んで肉を分けようという計算であった。普通のしょうゆラーメンなので柚香里でも食べることができる。満腹となった。麺が尽きたみたいで、われわれでおしまい。店内を見渡すとわれわれのほかにすでに客はなく、出て行ったらよろい戸を落として店を閉めてしまったのであった。
郷屋の水芭蕉の里に行くと、もう葉っぱが大きくなっていた。ホウの残っているものはあまりなかった。まあ写真はそれなりに撮ったが。
滝谷慈光寺に行く。十年ぶり以上だと思うが、なかなかよかった。座禅のところに座ると姿勢がきちんとしてなかなかよい。背筋も伸びてたいへんに気持ちのよいものであった。湧き水がわいているが冷たくなかった。それほど美味しい水とも思えなかった。登山客がたくさん下山してくるのだが、ちょうどいい季節だろう。所要時間を姉が尋ねると、登り三時間、下り二時間ぐらいとのことであった。雪の無いときはもっとかかるものと思われる。そういえば近くにある御神楽岳に自衛隊機が墜落したが、入山禁止であろうか。
スーパーサイトウに連れて行くが、そのときは自分は駐車場で寝ていた。蒲鉄のローソンにいくと県内のラーメン屋のガイドブックが置いてあった。恵比寿は載っていたが、麗人は載っていなかった。俺は麗人の方が好みである。
すでに時間は遅く、大阪屋に行ったときは六時となっていた。望はここでケーキを買って食べていた。当然私はコーヒーすら飲まない。
帰宅しても腹は減っておらず、刺身と煮つけと冷奴ぐらいで酒を飲んで十分であった。
昼食 五泉恵比寿 特大チャーシュー麺1100円
夕食 たけのこの煮付け、冷奴、ブリの刺身、茹でアスパラ、茹でワラビ、生きゅうり






5月6日(金)15:00 | トラックバック(0) | コメント(0) | ダイアリー05年05月 | 管理


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