ダイアリー 06年 ~説明~ |
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| 新潟より帰京 |
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| 06年05月05日 金曜日
(前ページより)
夕食前に帰る荷造りをする。入浴は帰京してからにしよう。 酒を飲まない食事をして、いつものように来るときよりも多くの荷物を積み込んで出発する。無雪季は夜のほうが走りやすい。なんだかんだで予定通り九時に村松を出発。 こんな時刻だと高速道路までの道もすいている・30分で高速に乗った。北陸道と関越道の分かれ道まではそこそこ交通量があったが、その先は走っているクルマはホントに少ない。ただ、交通情報を聞いていると上信越道の合流した先はまだまだ長い渋滞があるようだ。あわてることは無い。明日もあさっても休みだ。 関越TNを越え、関東に入るが気温の差はないようだ。渋滞情報はまだまだ終わらない。 前橋から三車線になるものの、交通量は増えてきた。「深夜に帰宅しよう」と考えることは誰も同じのようだ。特にETC深夜割引きが効く時刻に出ようという人はかなりの数になるものと思われる。 神流川を渡っても渋滞はまだ発生していなかったが、本庄児玉から先が渋滞。来るときと同じで、登り坂のときに生ずる減速が原因であろう。 これが鶴ヶ島あたりまで続いた。 この渋滞のおかげで時間調整することも無く所沢ICを出るときに深夜12時をまわっていた。荷物とひとを下ろし、姉を東伏見に送る。さすがに疲れて風呂に入る元気も無かった。あさ入ることにしよう。夕食時にノンアルコールだったが、ようやくビールにありつくことができる。飲んで新聞に目を通して寝る。
この三連休はとてもよい天気でよい行楽日和であった。母がだいぶくたびれてきているので、義母も交えての行楽などこれが最後の可能性すらあるが、いつまでもみんなで元気に楽しく遊び、飲食することができればこれに勝る幸せは無いのである。
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5月6日(土)23:30 | コメント(0) | ダイアリー 06年 | 管理
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| 近場に良いところ有り=新潟県立新津植物園 |
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5月5日 金曜日 きょうも良い天気
きょうは帰京する日である。あさ起きたら、シーツやら枕カバーやら洗濯すべく洗濯機のある洗面所に持っていく。 母の生家がここからクルマで10分ほどのところにある。今は叔父と従兄がこのうちを切り盛りしているが、正月に年始に行ったときにこの家を解体して立て直す計画を聞かされた。 母にとってはもちろんであるが、父や自分にとっても思い出の深い場所であり、古いものが無くなっていくのはたいへんにさびしい。 しかしここで生活している人にとっては、古臭いものは使いずらことだろうし、長男に嫁をとるのにも不具合が生じるのであろう。 二年前に当主である叔母(母の妹)が亡くなり、従兄の長女は一昨年に結婚してこの家から出て行った。実質当主の従兄も定年を数年後に控え、いよいよ決断のときだったのだろう。 ワタクシとしてはこの大型連休に来るまでに残しておいて欲しかったのであるが、工期を考えるとそういうわけにもいかず、雪の季節が終わるとすぐに解体に入ったようである。 すでに基礎工事を終えたということは聞いていた。更地ではないがどんな様子なのか見てみたくて、朝食前に姉と人はしりみに行ってくる。 町の郊外は大型店舗もあって、すっかり農村風景ではなくなってしまった村松であるが、下大蒲原地区まで行くと懐かしい風景が迎えてくれる。 側溝の水溜りに水芭蕉が咲いていた。昨日、郷家地区までいって見ることができなかっただけにひとしおである。 さて、大谷石のフェンス越しにみると確かに更地のようだ。クルマを庭にいれる。まだ型枠のついたコンクリート製の基礎が出来上がっていて、養生期間を経て建て前を待つばかりとなっている。十数年ほど前に立て替えた蔵はそのままであるし、鯉のいる池もそのまま。昔はウマや牛を飼っていたところは農機置き場。40年前の記憶と重ね合わせ、しばし感慨に浸る。 その後、この家の菩提寺というか山のお墓に行く。ワタクシの祖父祖母や叔母が眠っているところである。太平洋戦争に従軍看護婦として出征していた母も間違えばここに入っていたわけである。 だれもお墓まいりなどしている人もおらず、静かにお参りをしてきた。山なのでワラビがたくさん出ている。ずいぶん摘んできてしまった。 「小学生のころはこの川で泳いで遊んだ」など思い出すが、河川改修してしまった現在の川にその面影は無い。
帰宅して朝食。大人数なので食事と片付けも大仕事で、それだけでいち日が終わってしまうようである。 食後、ワタクシは布団干しや掃除。姉は洗濯、妻は食器洗いなどである。
ひと仕事終えたあとは、家内の提案で新津の県立植物園に行くことにする。 きょうは道路の渋滞がピークであろうから、帰京はここで夕食を食べてからなどとたくらんでいる。きょうもいち日遊ぶことができる。
県立植物園まで30分もかからない。きょうも8人定員のクルマに目いっぱいの乗客である。近いところだから、苦しいことは無い。 数年前にここに来たときはまだ建設途上であったにもかかわらず、ずいぶんとお客さんがいたような記憶がある。今回、十一時近くであるが、駐車場にかなり空きがあった。入場料もずいぶん値下げされたようなことが出ているが、あまり人気が無いのかもしれない。駐車場が無料でこれだけのものなら関東だとけっこうな人出が望むことができると思うのだが。 母はほとんど歩くことができないので、有料の熱帯植物園に入らずに外で休憩しているという。義母を連れて中に入る。 コンセプトがしっかりしていてなかなか面白い。コンパニオンたちもなかなか親切に案内をしてくれる。植物などの説明版もしっかりしていて、興味のある人間にはとてもよいところだと思う。 いろいろの椰子の木や極彩色の花などきれいで、虫や毒蛇がいなければ熱帯雨林はいいところだろうなと思う。このジャングルにいれば米と味噌があれば生きていくことができる。北海道で数週間キャンプ生活を送ったときも同じようなことを思った。北海道の海岸なら、自分で食べる分ぐらいの魚は釣れるし、貝と海草を採っていればおかずに困ることは無い、とかね。
一周して出てきた。中学生の子供も義母も世代を超えて楽しむことのできる施設だ。 二時から「ミラクルフルーツ」の試食というか、実験を行なうというので、それまでいることにする。とりあえず食事である。 イタリアンレストランというかスパゲティとカレーの軽食店が付帯していたので、ここで食べる。サラダ付きとはいえ880円は地方としては良い値段だと思う。ペペロンチーノを食べたが、おいしかった。 さてお楽しみのミラクルフルーツである。「この果実を食べたあとに酸っぱいものを食べても甘く感ずる」というものである。 子供や家内は「ホントだ、甘く感ずる」といっていたのだが、ワタクシにはいっこうに甘く感じない。もとより酸っぱいものは苦手ではないので、あまり効果が無いのかもしれない。酸っぱさを感ずる味蕾が劣っているいうのか。 レモンを食べてもあまり変化を感じなかったので、食酢をなめるがやはり同じ。フルーツの量を増やしてみてもあまり変化は現れない。もちろん若干の変化はあるが極端に酸っぱい→甘いということが無い。このあと口の中をヘンな甘ったるさがしばらく支配することになるが、気持ちが悪かった。 帰宅途上で近くのケーキ屋により本日もケーキを買い、コーヒーを飲むことになる。昨日は車内で寝ていたワタクシも今日はコーヒーを飲む。 やはりスーパーで買い物をして帰宅。ワタクシはしばらく横になる。 どうもこの家に来ると睡眠がうまく取れないことが多く、疲れて帰京することが多い。 (次ページに続く)
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5月6日(土)23:00 | コメント(0) | ダイアリー 06年 | 管理
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| さくらんど温泉 |
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| 06年05月04日 木曜日 晴れ
(前ページより) いったん帰宅するが、これから風呂掃除をして大人数で順番に入るのもたいへんなので、みんなで市内の温泉施設に行くことにする。 昨年末に来たときはポンプの故障で温泉が出ず、井戸水どころか水道水を沸かした風呂であった。ポンプの修理工事をしていて、露天風呂も閉鎖されていた。入湯税分の値引きはあったが、わざわざ入りに来てがっかりしたものだった。 今回は入館時刻も18時をまわっていて割引タイムに入っている。17時30分から利用料金が700円から500円になるようだ。タオル・バスタオルもついていて500円は銭湯並みで安いが、その分利用客も多く混雑している。 この施設はたいへんに人気が有り休日はよく混んでいるのだが、脱衣場の狭さとカランの少なさには困ったものである。休憩所は個室や広間も充実していてくつろぐことができてよいのだが、考慮して欲しいところである。 考慮してほしいといえば、ここは700円払えばいつまでもいることができるし、再入浴も可能なので休日は混んでいるのだろう。一時間以内や三時間以内の料金を設定すればお客さんの回転はよくなると思うし、安価になれば遠来の温泉マニヤにとってもうれしいものである。 裸になればすぐに薄暮の露天にゆく。暮れていく空に川内の山が美しい。すっかり暗くなるとカエルの鳴き声が心地よい。月も良く見える。 お湯であるが、ポンプの修理以前よりも塩分が濃くなったような気がする。これならば今までの評価はBランクであったが、総合評価でAに格上げしても良いのではないかと思う。 カランはやはりなかなかあかずにからだを洗うまでずいぶん時間がかかった。上がり湯も立ちシャワーもないのは欠陥である。 また、ここの評価を上げているものに、休憩所に売っている惣菜類があるが、きょうはさすがにお客さんが多かったのか、すでにほとんど売り切れであった。仕出屋さんの「松の家」のものなのであるが、たいへんにおいしいのである。 帰宅して惣菜類や刺身などを並べて夕食。今晩は昨夜ほどパカパカ飲まないけれども、たくさん飲んだ。 やはりあまりよく眠ることができなかった。
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5月4日(木)22:00 | コメント(0) | ダイアリー 06年 | 管理
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| 五泉市一本杉ののチューリップ |
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06年05月04日 木曜日
日中は気温が上がり、東京と変わらなくなるのだが、朝晩はやはりかなり冷える。 昨日、雪の残る堀之内に着いたのはあさ9時前であったこともあり、リビングでは暖房をしていた。 村松でも夜は暖房をするほどである。もっとも、よった勢いでDONと30分ほど夜中に「星を見る」と称して数十分ほど散歩をしてきた。城跡公園の八重桜が証明に照らされてきれいだった。
さて、朝食後すぐに行動である。義母を新幹線燕三条駅に迎えにいくのと、DONを新津に捨ててくることをしなくてはならない。 それぞれの予定時刻をあわせてみると、九時にうちを出てDONを新津温泉に下ろし、その足で燕三条駅に向かうとちょうど良いようである。 温泉ハンターであるDONも新津温泉の外観をみてあっけに取られていた。評判とはずいぶん異なるというか、描いていたイメージとずいぶん異なったものと思われる。 彼はこのあと新津駅から鶴岡に向かい、高速バスで仙台に出るという。 新津から信越線に沿って燕三条に向かう。思っていたよりも距離が有り、時間がかかった。列車の到着10分前に駅に着く。大きな新幹線の駅よりも在来線の小さな駅のほうがケータイを持たない義母と落ち合うにはよいかなと思ったものだが、この新幹線の駅は改札がひとつなので間違いがない。 義母を拾い(人間を捨てたり拾ったりとおもちゃにしているな)、村松へ。 すでに11時半ほどである。落ち着く暇も無く、挨拶にお茶をして出かけることになる。 今度は定員8人に8人目いっぱいの乗車である。 まず、五泉市内で昼食をとる。大人数で手早く食事をとるのには回転寿司がいちばんである。 このあと、五泉市一本杉の早出川河川敷近くのチューリップ畑に行く。5月1日の朝日新聞全国版の社会面にカラー写真入りで記事が載っていたところである。 駐車場などあるわけではなく、早出川の堤防沿いの農道の一車線にクルマをずらっと並べていくわけである。出て行くクルマがいれば途中に入ることができるのだが、昼下がりの良い時間のために空きは出ず、ずっと先まで行くことになってしまうのであった。 いろいろの品種の花が咲いている。きのう見た中条の畑ではまだまだこれからというものが数多かったのであるが、ここではすでに花を摘んでしまっている畑が多い。 海に近い中条のほうが風もあって寒いのだろうか。畑の土も中条は砂地であるが、五泉は田んぼを使っていて地味も豊かなことだろう。 何千本という花をまとめて植えているわけだが、変わりものよりも直球勝負というか、いわゆる「あか、しろ、きいろ」のものがいちばん美しく感ずる。もっとも、家庭や校庭で十本程度づつ植わっているものであれば、一本一本を細かく見ることになるので、変り種も面白いと思う。 背景に五頭(ごず)連峰、菅名連峰、越後白山、まだまだ真っ白の川内(かわち)山塊や飯豊(いいで)山脈などを背景にいい景色でいつまでもここにいたい気分である。 早出川の土手に登ってみると川内の山はより良く見ることができる。菅名岳はすぐ目の前である。 さて、義母にチューリップを見せるという目的はまず達成したのであるが、五泉・村松の観光名所をできるだけめぐることとしよう。 早出川に沿って郷屋地区にいく。ここには水芭蕉の里がある。四月はじめが見頃のわけであるが、ことしは雪が多いし花が遅いので、まだ咲いているのではないかと思っていってみることにした。もっとも青森の人にとっては水芭蕉など珍しくもないかもしれない。 残念なことに、ここの水芭蕉はすでに終わっていて、ボケたものが少々残っているぐらいであった。ただ、アマガエルの声がきれいだった。 以前はここでウラシマソウを見たことも有るのだが、今回はこれを見つけることができなかった。 次ぎは村松公園である。エゾシカに餌をやりにいくと、家族連れがたくさん来ていた。シカは冬毛から夏毛にはえかわるときなのか、体毛がかなり汚くて残念であった。 運動公園に行くとまだ八重桜もかなり残っている。ここからは白山がすぐそこである。 このあと、甘党の義母を連れてコーヒーも飲むことのできるケーキ屋にいくが、ワタクシはさすがに眠くて、車内で寝ていた。 地元の大型スーパーに買い物に行くが、やはり生鮮にロクなものがない。 地元でとれたタケノコぐらいのものであろうか。やはりきのう早く来て三八市で朝どりのイチゴを買うのが正解だったかなあ。 (次ページに続く)
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5月4日(木)21:00 | コメント(0) | ダイアリー 06年 | 管理
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| 連休中盤はチューリップ咲く新潟へ-2 |
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06年05月03日 水曜日 快晴
(前ページより) ここから母のうちへ。 荷物を下ろし、仏壇に手を合わせお茶を飲むとすぐにDONと落ち合わなくてはならない時間となる。彼は新潟駅で借りたレンタカーで会津方面を観光していて、いま五泉のチューリップ畑まで来たところだという。 ワタクシと姉は西方の湯に行きたいので、五泉でDONと落ち合って西方の湯に行くことにする。
さて姉と望を乗せて五泉に向かう。チューリップ畑は広いので近くの牡丹園で会うことにした。牡丹園に行ってみると、今年はなんと一輪も咲いていないではないか。即売しているものもボタンではなくシャクナゲである。だめだこりゃ。やはりことしは花が遅れているのか。 ここでDONのレンタカーに先導されて新潟駅へむかう。高速からチューリップ畑を所々見ることができるが、これよりも穏やかな天気の中を家族総出で行なっているような田植え風景のほうが見ていて楽しくなるのであった。新潟だなあ・・・。 仙台並みの大都会である新潟市内をうろうろとして駅前にやってくる。駅は繁華街からは離れているのであるが、駅周辺もずいぶんと発展してきた。 ここでDONも自分のクルマに乗せて中条に向かう。彼の話しだと、どうも昨日夕方に塩の湯と西方の湯に入っているらしい。今日は本当は新津温泉に入りたいようなことをいっていたのだが、そうは問屋が卸さない。 新潟市内からほどなく中条に着く。駐車場でクルマから降りたときからツンと鼻をつく匂いが漂う。一日(ついたち)に電話をしてきいておいたのだが、今回は「濃いほうのお湯が入っている」ということを確認してやってきているのである。 例のおじさん(管理人であり、経営者なんだろうな)に直接料金を払って入浴する。 「温泉マニヤを狂喜乱舞させる掃除をしていない便所臭さのある強烈なお湯」とついにご対面である。今まで二度ほどここに入浴に来ているが、二度ともおとなしめのお湯であった。もっともおとなしいほうのお湯でもじゅうぶんに個性的で、ワタクシは西方の湯のファンとなってしまっているのであるが。 浴室に入ると、おとなしいお湯と同様にヨードチンキ臭が漂う。好きな人にはこれがたまらない。 浴槽は茶褐色ににごり、下まで見通すことができないほどである。源泉のままではちょっと熱めであるが、ワタクシはこれぐらいでちょうど良い。源泉の湧き出し口まで行き、ひと口飲んでみるが、かなり鹹辛い。昼に食べた杭州飯店のラーメンスープのようだ。 湯につかってみるとからだにしみる。手にところどころ切り傷を作っているのと、昨日献血をしているための注射針のあとにヨーチンのようなお湯がしみるのだ。 浴室はかなり熱いので露天にいく。バルブは勝手にいじることができるので、望とお湯をたくさん出して遊ぶ。青空天井なので臭いは室内ほど無いが、良い天気のもとで気分爽快である。今日の温泉は百点だあ。 露天からは親鸞像の横顔を拝することができる。「ああ、いい湯だ。」というと「それを聞いて親鸞さんがこっちを向いたら面白いね。」と望が不気味なことをいう。 いつまでも入っていたい。なかなか離れがたいが、からだはそんなに持たない。また新潟に来たときに来よう。 さて、この温泉はお湯以外におどろおどろしいところがいろいろとあるわけなのだが、来るたびに寂れていってしまいちょっと物悲しくなってくる。 休憩施設はいよいよ一ヶ所だけになり、飲食物は提供しているようだが、ちょっとさびしい感じがする。あの屋台村は復活することはないのだろうか。 また、中央部の舞台つき宴会場には古着やら什器類が所狭しと並べられていた。備品の虫干しをしているのかと思ったが、どうも販売をしているようだ。食器類はかつてここで使っていたものだろうか。古着は以前の持ち主のネームが入っていたりして、とうてい売れるようには思えない。 どうもジリ貧になってきて経営も縮小してお湯だけにしぼっているようにも思える。ここのお湯はすばらしいのだから、廃業だけはして欲しくない。じっさい、われわれの帰るころにはたくさんのお客さんがやってきていた。お湯はやはり人気が有るのだ。 すでに五時をまわってしまった。まだ明るいが通勤割引がきくので中条ICから高速利用で帰ることにしよう。 途中、チューリップ畑が広がり、ここで引っかかってしまう。写真を撮り遊んでいると、地元ナンバーのアベック(死語)が「あのう、ここがチューリップ祭りの会場でしょうか?」と聞く。いえいえ、ここではありません。 「もうちょっと先が会場ですけど、こんな時刻なのでやっていないと思います。」と答えて高速に向かう。と、すぐそこが会場であった。駐車場は開放されているので入ってみる。先ほどのアベック(死語)も入ってきた。 うす暗くなりかかっているがまだじゅうぶんに鑑賞することができる。観光施設ではなく、「チューリップを栽培している畑」を観光客に開放しているので、この時刻には管理人も帰っていってしまっている。 土手から見下ろすと昨年とは菜の花とチューリップの畑の配置がさかさまである。輪作して、連作障害を避けているのだろうか。 ここでさんざん遊んでしまい、かなり暗くなってきた。時刻もいい時刻となってしまった。七時までに帰宅することはできない。帰ると家内の怒る顔が見えるようだ。 高速道路にはほとんどクルマが走っておらず、すぐに新潟市内。暗くなってしまったので面倒になり安田ICまでいったのだが、新津ICでおりて阿賀野川沿いの道を来るか、もっといえば新潟空港ICでおりて阿賀野川沿いの道を来たほうが距離としてははるかに近いようだ。 連休で市場が休みのためかサカナも野菜もあまり良いものは無く、まあ普通の夕食であった。奥さんにはやはり怒られた。 DONもいるので銘酒:〆張鶴「純」の一升瓶はあっという間に空いてしまった。 夜は、DONと父と三人で同じ部屋で寝るのだが、DONが一晩中セキをしていた。自分はこの連休中は不眠が始まり、セキを聞いていたこともあいまってあまり眠れなかった。
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5月3日(水)22:00 | コメント(0) | ダイアリー 06年 | 管理
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