ダイアリー 06年 ~説明~ |
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| 近くで死体遺棄事件が |
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06年08月03日 木曜日 よく晴れて、暑い
梅雨が明けてからもしばらくは涼しい気候であったのだが、きょうは夏の日差しが降り注ぎ暑い。 こんなときに、あさはやくから八王子まで行かなくてはならない。 朝のうちはまだ、朝の爽やかな陽気であったのだが、到着して仕事を始める頃には、十分ごとに水を飲まなくてはやっていられないような陽気になってきた。 それでも順調に仕事がすすみ、良い気分で昼休みになる。
空調のきいた食堂で昼食をとり、作業場に戻るときに、知人からメールが入る。 どうも、ワタクシの住まいの近くで死体遺棄事件がおきたようだ。NHKニュースでも取り上げられているという。 ワタクシは、本日はネットを見たりテレビラジオを見聞きする環境にないので、まったくのつんぼ桟敷である。 夕方に事務所に戻ってきてネットニュースを見ると、かなり大きく取り上げられている。
仕事が終わり帰宅すると、路上に黒塗りのハイヤーがたくさんとまっている。報道関係者のクルマであろう。おかげでちょっとした渋滞が発生していい近所迷惑である。 路駐を取り締まれよと、いいたくなる。 いったん帰宅し、知人に概況を報告してからカメラを持って現場に向かう。 すでに暗くなりかかっているのだが、現場の建物を囲む360度は野次馬でごった返している(ワタクシもそのひとりである)。 もちろん警察や報道の数も多い。目の前のコンビには大きな駐車所を持っているが、入っているクルマの大半がこの事件の取材関係のもののようだ。 建てものには黄色いテープが張られて関係者以外の立ち入りが禁じられている。集合住宅であり、この建物に住んでいる人も何百人といるわけだし、新聞や宅配便の配達のひともとうぜんいることだろうに、いい迷惑のことである。 警察のひとが建物に入っては何かを持って出てきたりするのを何回か見るが、こういうのってけっこう緊張するものである。
何分かいて、写真も何枚か撮り帰宅するが、ちょっと前まで事件のあった建物に住んでいて、最近引っ越した次女の友人(中三女子)とすれ違い、ちょっと話をした。野次馬で見物に来たようだ。 家内に聞くと、日中はヘリコプターも飛び、報道もかなりの数でたいへんな騒ぎだったようだ。 夕刊にも四段抜きの記事が載っているほどであった。
暗くなってからも、まだまだ報道の人間はたくさんいた。 「たいへんな事件」というほどでもないので、少しすればまた平穏な生活に戻ることだろう。
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報道関係者も見えます。
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近くのコンビニ駐車場には黒塗りハイヤーがたくさんとまっています。
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8月4日(金)13:44 | コメント(0) | ダイアリー 06年 | 管理
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| 日の光はいいもんだな |
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| 06年07月26日 水曜日 晴れ
五月の大型連休のあとまもなく梅雨入りしたような陽気が二ヵ月半続いていた関東だが、ようやく夏の陽光が刺した日であった。
暑いのだが、これが良い。 フタがかぶさったナベのなかにいるように、たいへんに蒸し暑い日々が続いていたわけだが、まだ今日のようなあぶり焼きの方がましである。 湿度は50%を切ったという。 このところ、仕事で動くとすぐにシャツが汗びっしょりになり、日に三着はシャツが必要なのであるが、きょうのような陽気だと、やはり三着は使うのだが、洗えばすぐに乾くのがうれしい。 それに、腕や首筋は汗をかいてもいつまでもべたべたしておらず、さらっとした感じがする。 もちろん、シャツを替えるたびにタオルで拭き取るのだが。
昨日までのような湿度の高い陽気だと、プロ野球のアメリカ出身選手にとってはキビシイことだろう。 不敗伝説の続いていたライオンズのギッセルにも昨日は負けがついてしまった。 本日は松坂でかろうじて勝ったわけだが、本日ギッセルが投げていれば快調な投球を見ることができたのではないかと思う。
きょうは野球観戦をしての帰り道は自転車をこいでいると、たいへんにさわやかで、秋の空気さえ感ずることができた。
ところが金曜日からまた天気が悪くなり、まだまだ梅雨明けは先のことのようである。
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7月26日(水)23:34 | コメント(0) | ダイアリー 06年 | 管理
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| 飲み会 in IRUMA 西埼玉青獅子会&レオサポボーイズ |
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| 06年07月22日 土曜日 曇りのち一時雨
PLから連絡が有り、彼の自宅で西埼玉青獅子会の緊急集会を行なうことになった。 もっとも、以前から球場に行く予定の終末なので、 「どこかで飲みながらテレビでオールスター戦でも見よう」ということはいっていたのだが、PLの出張やらなにやらあったり、ワタクシがアクションを起こさなかったので、うやむやのまま当日になったしだいである。 PLが各方面に連絡しているようだが、雨が降っていないので出かけてしまった人も少なくないようで、LSもhikaruもコンタクトの取れないようであった。
ワタクシは五時ごろPL宅にいく。すでに若いひとが一名。 名栗に走りに行き「40キロ走ってきた」というLSも到着し、 買出しに行く。
買ってきた惣菜を並べるだけではなく、いちおう炒め物を作ったりもするが、空調の聞いた部屋でナベをやっても良かったかもしれない。 ワタクシが来る途中に寄ったプロペ通りはずれの八百屋で買った枝つき枝豆を茹でて食べると、実がぷりぷりでたいへんにおいしかった。
自転車でやってきたワタクシや40キロ走ったあとのLSはロング缶をどんどん開けていく。 PL宅には新しい大画面テレビ(地上派デジタル受信可)があるのだが、残念なことにオールスター戦は雨天順延となってしまった。 まあ、サケがあればよい。 飲むほどにおかしな格好やパフォーマンスをしたりして、賑やかである。 気がつけば11時をとっくにまわっていて、小腹もすいてきた。 2キロぐらい離れたところにある中華料理屋に夜食を食べに行く。 LSが「大辛のタンタン麺」というのでつられてワタクシもこれを注文する。 激辛のスープをきれいに飲み干した。 食べ終わると0時半ごろだったか。ここで解散し、自転車で帰宅する。 小雨が降っていたが、気温もかなり高くかなり汗をかいた。 一時間ほどかかって帰宅。 缶ビールでやめておいたのが良かったのか、たいして酔っておらず、自転車での帰宅が可能であったようだ。
激辛の後遺症がひどく、あさ4時半ごろから何度もトイレに行くようになる。 二日酔いは無かったが、腹がからっぽになってしまったようで、ちからの出ない日曜日となるのであった。
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7月24日(月)11:33 | コメント(0) | ダイアリー 06年 | 管理
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| 奥深い日原川流域へ |
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2006年7月15日 土曜日
酉谷山に登ってきた。 東京都の最北端にあたるところである。
小学生の頃、日本地図を見て自分の住んでいるところは都心から見ればかなり西だと思っていたが、東京都はかなりおく深くまであるものだと思った。 その奥の、最高標高点であり山梨県埼玉県と境を接する雲取山は誰でも知っている。 だが、その尾根伝いに東京都の最北端にある山に興味を示す人は少ないはずである。 当時から自分はここに関心があった。 「天目山」と地図には記されているが、その名前もなんだか古くからの伝説を持っているみたいで、よけいに興味を引いていた。
青年になると東京都の山などはいつでも登ることが出来ると、新潟や東北の山に通うようになってしまい、いつしかこの山も興味がありながら遠い山となってしまうのであった。
先月、ついに雲取山に登った。 ここから埼玉県との県境である長大な長沢背嶺をたどっていけば、酉谷山に至る。 ただ、そのコースは金峰山や甲武信岳など2500m級の奥秩父の主峰に登るよりもタイヘンなことだといわれている。 稜線にはりっぱな登山道があるのだが、下の集落からの取り付きがタイヘンなのと、水を得るところが少ないことや、アクシデントにあったときのエスケープルートもあまり無いことなどが影響しているという。 東京津水道局のひとが常に手入れをしているようで、落葉樹の森林も秩父の風景ですばらしいというし、アプローチの不便さが災いして入る人も少ないのか。 ワタクシのような山歩きをする人間にはもってこいかもしれない。 雲取のあとは、古くから使っているガイドブックを引っ張り出してきて、寝る前にこれを読んでは計画を練るのであった。 (続く)
写真は白樺の古木。にわかに霧のかかってきた酉谷山山頂近くにて。 クリックして大きな画像をご覧ください
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7月16日(日)12:07 | コメント(0) | ダイアリー 06年 | 管理
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| 水源林は野生生物の宝庫 |
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| 06年06月25日 日曜日 曇り
昨日(24日)は雲取山に登ってきた。 奥多摩湖のはずれである、山梨県丹波山村鴨沢集落から登り、七ツ石山・雲取山・芋の木ドッケ・霧藻が峰・三峰神社を経て、大輪集落まで下って国道140号に出る。 トレーニングなので、秩父鉄道三峰口駅まで歩いた。 通常ならばふつかの行程である。
霧藻が峰~三峰神社は以前に歩いたことがあり、ハイキングコースのようなものだし、雲取山を正午前に発ち秩父宮殿下のレリーフまで来れば、あとは楽勝だと踏んでいた。 トレーニングということもあり、水分はなるべく摂る様にするものの、休憩とエネルギーはなるべくとらないようにしてみようと計画していた。 久しぶりの本格登山といいお天気のためか、登りでいいチョーシにちからを使っちまったことと、エネルギー切れからか終盤にきてかなり辛くなった。 白岩山からの急降下で霧藻が峰まで降りてきたところで、ほぼちからを使い果たしてしまった。 ここから先は予定よりも大幅に時間を使う羽目になってしまった。 ラクショーと思われた三峰神社までの下りでも思うように飛ばすことができず、かなり足とももに来ていることを感ずる。 無理をすると姿勢を崩し腰に来るので、慎重に降りる。 神社から国道までは700mの急降下で、ここでは泣きたくなるほどであった。 下りというのに大汗をかき、ところどころ休まないと足が動かない。調子よければどれだけ気分のよいところだろうと思うのだが。 鉄道の駅までの国道歩きも、ダンブカーや観光帰りのクルマがひっきりなしで、けっこう怖かった。距離もワタクシの目算が甘かったためもあり、そうとう長く感じた。
標記の件であるが、辛くなる終盤の霧藻が峰までの本格登山のあいだはとてもよかった。 ブナやコメツガの森林、それに厚いコケがとても見事で「これぞ奥秩父」というものを感じた。 その山林の樹木のした2mぐらいまでの川がベロベロに剥けている。シカの食害である。 大きなブナの倒木がたくさんあるのだが、風倒木や落雷によるものよりも、食害で水を上げなくなってかれてしまったものの方が多いのではないかなと思う。 じっさい、若い植林されたものはネットで保護されていた。 登山者に対するシカの害に関する公告や、狩猟にことを書かれた板をずいぶんと見た。 動物の糞もいたるところで見たが、登山者から見えるところでこれである。 さらに奥多摩側では集落から十分ほどのところでニホンザルをみた(台湾ザルかもしれないが)。「登山者は熊に注意」のたて看板もあったが、あながち脅かしでもないようだ。 30~40年ほど前の登山記を読むと 「秩父でもすっかりシカの鳴く声を聞かなくなった。乱獲によるものだろう」となげく記述を見る事ができるが、野生動物の保護が人間の意図した方向にはいかないことは大いなる皮肉であろうか。 まあ、植物にしろ動物にしろ、水にしろ、保護だ・なんだといっても人間の都合の良いように整えた環境に過ぎないわけだから、どこかで矛盾が生ずるのは仕方ないんだろうな。 登山者という観光客なんて、シカや樹木からすればいちばんたちの悪いものなんだろう。
(登山記はいずれ)
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6月25日(日)22:53 | コメント(0) | ダイアリー 06年 | 管理
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