カワセミのつぶやき
 
身の回りの気がついたことを書き留めておきます
 
オシャレなファイルマネージャーで管理と共有


ダイアリー 06年
~説明~
画像をクリックしていただくと、大きな写真を見ることができます。

忘れてはいけない日

06年06月15日 木曜日 曇りのち雨

すっかり忘れていて、ある人の公開用日記を見て思い出した。
1960年のこの日に安保反対闘争のさなかに国会議事堂を取り囲んだ学生と警官隊が衝突し、ひとりの女子学生が亡くなられた日である。
その人の名を樺(かんば)美智子さんという。
「ある人」とは当時東京大学の学生でこの闘争の責任ある立場にあった人である。

忘れてはいけない日というのは、人それぞれだろうが、自分の場合は以下の通りである。

母の誕生日、友人が山で遭難死した日、青梅マラソン開催日、初めて北海道の某YHに行った日、樺美智子命日、ヒロシマ原爆投下の日、子供の誕生日、妻にプロポーズをした日、太平洋戦争勃発の日


いまの天皇は「戦後民主主義を具現化したひと」で、自民党の政治家よりもよほどリベラルと思われるが、天皇は忘れてはいけない日として取り上げているのが、
「沖縄慰霊の日」「広島原爆投下の日」「長崎原爆投下の日」「先の大戦の終わった日」であると語っているようだ。
それに近年サイパンに行ったことから「サイパン玉砕の日」も入っているかもしれない。
敗戦の日は感じやすい年齢だったし、戦争責任者の子供として死刑になることも覚悟したことだろう。
戦後の人民の苦しみながらも日本を復興していくところもリアルタイムで見ている。
アメリカ人家庭教師の影響もあるだろうが、彼のリベラルな感性と発言で、昨今の右がかってきている社会風潮に歯止めをかけて欲しいものである。

話がそれたが、結婚記念日や自分の誕生日などはもう、記憶の外になってしまっているなあ。



6月16日(金)08:00 | コメント(0) | ダイアリー 06年 | 管理

事故は身近なところで

06年06月09日 金曜日 雨

関東地方は入梅になった。
もっとも五月は大型連休明けから、きれいな青空の日というのがあまりなく、すぐにでも入梅という感じであった。
涼しくていいのだが、なんだか東南アジアの雨季のようだな。

そういや、皇太子夫妻の結婚記念日だな、きょうは。
俗に「一年でいちばんいやらしい日」といわれる本日だが、なんでそんな日に挙式したのかな。

ところで港区の公営住宅(これが耳で聞いていると「港区の高級住宅」と聞こえる。「港区」にだまされるのだろう)でエレベータ事故が起こった。
これに隠れて大きなニュースになっていないが、小学校のシャッターが落ちて子供が重態になる事故もおきた。
エレベーター事故ともども、事件といってもいいだろう。
このシャッター事故の小学校が
「五泉市立村松小学校」。
母の家のあるまちでのできごとである。歩いて十分もかからないところにある学校である。
もっともひとのいのちの尊さに変わりは無く、毎日のように起きては年に八千人が死んでいく交通事故にしたら、もっと身近なところで、身近なひとが当事者になるわけである。

最近、トレーニングをしたり、食事は気を使わなくともからだにいい物を自然に食べるようになっている。両親ともに健在のところからして、このまま順調にいくとワタクシも長生きすることと思う。
こうなってくると、やはり怖いのは「事件、事故」ということになるのだろうか。
まちがっても、女房や子供に殺されることは無いだろうが。



6月9日(金)15:49 | コメント(1) | ダイアリー 06年 | 管理

五月の天候

06年05月24日 水曜日 曇りのち雷雨

「五月晴れ(ごがつばれ)の爽やかな気候」ということが、ほとんど無い今年の五月である。
プロ野球は今月はパセ交流戦(ドラゴンズファンは「降竜戦」と自虐的である)が行なわれている。
パシフィックリーグは屋外球場を本拠地とするのは千葉ロッテマリーンズと東北楽天ゴールデンイーグルスの二球団のみで、あとは天候に左右されない屋内施設を利用している。
ところがセントラルリーグは、明治神宮野球場・横浜スタジアム・阪神甲子園球場・広島市民球場と四球団の本拠地が屋外施設である。それも都市部の便利なところにあるということはあるのだが、老朽化して観客席もグランドも狭い。
もともといい季節に行なうスポーツはアウトドアのほうがよほど気持ちよいのであるが、今年はちょっと様子が異なる。
「雨天コールド」ということが何試合も続くことがある。日程が詰まっているために、天気が悪くなることが予測されるのに、無理して試合をおっぱじめるということも影響しているだろうが、五回が終了して試合成立してしまうと、観客にとっては入場券の払い戻しもしくは振り替えもないし、選手にとっても「さあこれから挽回」と息込んでも「試合終了」となってしまう。なによりも選手も観客も濡れながらプレイしたり観戦したりは好まないことであろう。
スケジュールの苦しいのはわかるのだが、もっと後日に振り返ることはできないだろうか。
かつて、雨を見込んで選手起用をやりくりしたりするのも戦略のうちであった。あまりほめられたことではないが、戦争に例えられるプロ野球であるならば、社会条件や自然条件も含めてシーズンを戦うことも必要なのかもしれない(ワタクシはあまりそういったことは好まず、グランドの上で繰り広げられていることだけに集中すればよいと思うのだが)。

趣味のランニングも午後になるとやってくる雨のおかげで、なかなか今月は距離をかせぐことができない。大会は天候無差別だから本当はどんな条件でもちからを出せるようにしておくのが本当なのだろうが、ワタクシは趣味ランナーの範疇を出るものではないから、そこまでMではない。

それにしても、大好きな五月六月の高い日差しがなかなかないのは、これから何回五月を迎えることができるだろうかという人間にとってはさびしい限りである。



5月24日(水)22:00 | コメント(0) | ダイアリー 06年 | 管理


06年05月22日 月曜日 曇りのち晴れ 日中気温が上がる

最近は「運動中には失われた水分を回復すべく、どんどん補給しなさい」というたいへんに科学的で当たり前のことが言われるようになっている。
ワタクシが中学高校でスポーツをやっていたころは、「運動中に水を飲むとバテるから、なるべく飲まないほうがよい」ついでに「休憩するときは座り込むと、次にアクションを起こすときにつらいから立って休んだほうが良い」であった。
ある意味真実をついていると思う。だが、これは帝国陸軍の考え方であり、進軍して行った先で、清浄な飲料水を確保することが難しいとか、毒を盛られるから、「なるべく水はがまんするにこしたことは無い」からきているのである。
「ある意味真実」といったのは、10代後半から30代前半までサイクリングや登山にかなり凝ったものだが、これは飲料水を調達できない環境におかれることが少なくないので、中学高校のころに水をがまんする訓練を受けておいたことがたいへんに役に立ったと確信している。
また、夏場など朝一番にアクションを起こしたときに大汗をかくものだが、その後水分をがまんしていると、顔面に汗をかくことも無く、けっこうさっぱりと過ごすことができるものである。もちろん、運動をしたり労働をしたりするときは危険であるが。

ワタクシのかく汗はそのようなことも有り、けっこうさらっとしていて臭くは無く、量もたいしたものではなかった。そのために、「みんなががんばっているのに、お前だけ涼しい顔をして、ラクをしている」と思われたことも少なくはなった。
二年前からランニングをするようになってから、その体質に変化がおきてきた。
ワタクシは腰や背中に汗をかくのであるが(今でもそうであるが)、走るようになってからわきの下や足の裏にかなりの汗をかくようになってきた。背中や胸は以前からかいていたのであるが、わきの下はほとんど汗をかくことが無かったのにである。
しかもわきの下にかく汗は臭い。臭い汗は「体内の老廃物が代謝されているためである」と前向きに解釈しているのであるが、人と接するときなど不快感を与えるのは申し訳ない。いままで汗の消臭スプレーのCMなど男性が生理用品のCMを見るのと同様に興味も無かったことであるが、ちょっと見る目が変わってきた。
足の裏の汗の臭いはわからないが、右足は足の指が癒着しがちでマメができやすいので、ここに汗をかくことはちょっと不利に働く。また、その癒着したところが痒くなるのはいやな予感がする。

これから入梅そして本格的な夏を迎えるのであるが、着るもの履くものいろいろとくふうが必要になってきそうである。そういえば、週末にユニクロに行ったら、ドライメッシュのスポーツウエアのコーナーがだんだん大きくなっていくように思えた。
ワタクシはどうもこのコーナーのいいお客さんになりそうだ。



5月22日(月)16:55 | コメント(0) | ダイアリー 06年 | 管理

あの雨のようにそっと、静かに死んでいこう

06年05月08日 月曜日 曇り時々小雨

詩人の高野喜久雄さんが亡くなられた。78歳。
うたをかじったことのある人ならば、「水のいのち」という合唱組曲をご存知のことだろう。その元となる詩を作った方である。
作曲の高田三郎氏は有名で、彼のタクトによるCDもリリースされている。
だが、この名曲は高野氏の詩があってこそと思う。学生時代コマのあいた時間に図書館で彼の詩集を借りて読んだことも何度もある。
「水のいのち」のコンセプトは仏教的な輪廻を思わせるものであるが、高野氏はキリスト者であったようで送る会もキリスト教式で行なわれるようだ。賛美歌やイタリア語の詩作も行なっていたようだ。

現代の78歳はまだ若い。惜しい方を亡くしたことだと思う。
うたの関係の方では、ワタクシのものごとに対する考え方を大きく左右した方がいらっしゃるが、まだご健在のようだし、活動も盛んのようである。機会があればまたお会いしたいのだが。



5月9日(火)13:14 | コメント(0) | ダイアリー 06年 | 管理


(5/11ページ)
最初 1 2 3 4 >5< 6 7 8 9 10 最後