| 笹尾根を駆ける-3 |
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| いったん周遊道路に出る。天気が悪いし、これを下まで走ってもよいかなと思ったが、山道を「山のふるさと村、奥多摩湖」という標識があったので、これを行く。 沢沿いの雰囲気のある道であるが、それこそ人など年に何人とおるのか、といったところで、道探しも時々強いられる。 この程度の雨だから良いが、大雨となったら沢筋にはいるのはもってのほか。 ところがこの程度なので、たいへんに趣きがあってよい。 腐りかけた木の橋を渡るところで水を飲み、ストックを洗う。
この先、苔むした岩で滑って転倒。お尻から落ちないようにくるっと180度回転して、腕立て伏せをして受身をとった自分に自分で驚く。 胸から下げたカメラも大丈夫であった。
ただ、この先気がついたときに、ストックの先端のゴムキャップを失っていた。 これだけ売っているだろうが、確か割高だったように思う。
転倒したところからすぐにキャンプ場に出てビックリ。 ここが山のふるさと村のようだ。 舗装路を走ってこの施設を抜けていくが、かなり広く、炊事場が何ヶ所もある。 下に来て駐車場があるが、これもものすごく広い。 入り口近くのトイレで用を足す。
いったんこの施設を出るが、さらに下に大きな施設があった。 サルがゆうゆうと欄干を歩いているところをみた。
この施設を抜けると「奥多摩湖、浮橋へ2キロ」え~、まだ2キロもあるの!
ヤマメのつかみ取りなどやっているところの先は奥多摩湖の端であるが、入り江の何ヶ所もある奥多摩湖を丁寧にトレースして麦山の浮橋に向かうようだ。やれやれ。
あがりかけていた雨もまた強くなってきたし、カミナリも近くで聞こえるようになってきた。 カミナリに追われるように、奥多摩湖沿いの遊歩道を走って走って走って、浮橋に向かう。 入り江を回るたびに「まだ、浮橋が見えない・・・」となるが、「あと○メートル」の標識は頻繁に出ている。
明らかにハイカーではないアベックに出くわしたが、そこから10メートルで麦山の浮橋への降り口。ようやく出たか。
浮橋を走るわけには行かないのであるが、早足で雨から逃げるようにさっさと渡っていく。ここで写真を何枚か撮ると、ちょうど電池切れとなった。
青梅街道に上り、トンネルを抜けて峰谷橋を渡り、奥多摩駅行きのバスの時刻表を見ると、16時過ぎまで無い。いま15時半。 行けるところまで小河内ダムのほうまで歩いて行こうと出発。 そのうちに雨もすっかりあがってきた。 いくつかのトンネルを抜け、バスが来るまであと15分ぐらいというところで、バスを待つことにした。 濡れたものをはずし、傘もたたみ、ビニール袋にしまう。
やがてやってきたバスに乗って車窓から見る景色は、さすがに歩いたところだけあって記憶に刻まれている。
氷川の町は祭礼が行なわれている。、交通渋滞でバスも到着するのが遅れたか、電車は二分前に出たあとだった。 ロング缶缶ビールと、300ccの沢の井と、ちくわを買って乗り込んだ快速電車で飲む。 快速とはいえ、単線区間では待ち合わせばかりで、時間がかかる。 御岳駅でたくさん乗ってきた中高年団体の女性二人に挟まれる形になり、そのうちのおひとりと立川駅までずっと山の話しをしていて楽しかった。
立川駅に5時50分過ぎに到着し、6時閉店のびゅうプラザになんとか間に合うことができた。
今回、18時に立川駅のびゅうプラザに間に合わせるという予定があったが、前半の調子では、「これは鞘口峠で奥多摩湖に下りるどころか、その先まで足を延ばすことが十分に可能だ。あわよくば、大会の第二CPである月夜見第二まで行き、さらに小河内峠、御前山から死体遺棄現場の栃寄に降りるということも考えられる。暗くなるまでに降りて来られればベストだが、ヘッドランプも持参しているし、知っているところなのでダイジョーブ」とさえ思った。
もちろん山の常識として、雷が鳴ったらすぐに最寄の里に下山というのがある。 遭難したら元も子もない。これは「クルマには燃料を入れる」という程度の大前提である。
大会のコースもだが、笛吹集落から尾根への登りや、風張峠から麦山の浮橋への下り、といったまず人の通ることのない山道歩きはトレイルランニングとは違った登山者としての血が熱くなって楽しかった。 次はLSとスタート地点から、笹尾根を行けるところまで行ってみよう。
本日はストックを用いた四足歩行が良い感じで行なうことができたので、脚への負担が小さく、たいへんにラクに歩くことができた。 これを使った練習を取り入れて、全身運動とすることができるようになると、本番では後半に余力を残すことができるのではないだろうか。
(おしまい)
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8月9日(土)23:02 | コメント(0) | ダイアリー 08年 | 管理
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