| 第28回山日YBS吉田火祭りロードレース-1 |
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| 昨年に引き続き、LSと忍野の友人宅に前泊してこの大会に参加した。
昨年は30度を超す猛暑の中の大会であったが、今年は前日より降り続く雨の中での大会。 気温も低く、昨年と10度ぐらい違うのではないかと思うほどである。
昨夜、LSは例によって早々と落ちてしまった。 TKも日曜日は昼から仕事なので、朝早いバスで東京に帰ると言う。 が、ワタクシはTLと遅くまでしゃべっていた。最後はデンキブランまで飲んでいた。 床に就いたのは11時半頃だっただろうか。 千メートルの高原なので飲んでいても夜半は寒い。 窓を閉めて寝る。
ようやく下痢も収まってきて、体力も上向きだろうか。二時半にトイレに起きたが、小用だけである。 五時にLSがトイレに起きたようだ。まだうすら暗く、天気が悪いようだ。
六時に起きる。 明るくなった窓の外を見ると、やはり雨は降り続いている。 床をたたみ、ランニングの格好に着替える。 早いバスに乗るといったTKはギリギリに起きてきた。TLがクルマで送っていく。
そのあいだにパンとコーヒーの朝食。
雨はだんだん強くなってくるが、気温が上がらないので昨年よりもマシだと思うことにする。
七時にTL宅をたつ。彼も本日はこのあと、出かけてしまうそうだ。 不慣れな土地で、近道をしようとしてとんでもない峠道に入ってしまい、狭くて曲がりくねった道を行くことになってしまったが、思いもかけない里の風景を見ることが出来たと前向き。時間的に十分ぐらいのロス。
駐車場は会場に隣接したところを割り振られたので、テントを張る必要もなければ、更衣室も要らない。たいへんいラッキーである。 受付けをしてナンバーカードをもらったあと、ブースをちょっくら冷やかし、クルマに戻る。 クルマのテレビで男子マラソンを見たり、大会プログラムを見て知っている人がいないかなど探す。 某BBSで「たいがーますく」さんがこれに出ると書いていたのを思い出したが、ぱっと見ただけではちょっと分からない。
9時となり、会場へ。アップを始める。トラックを2周するが、かなり寒い。腹掛けをしていてちょうど良いぐらいである。 軒下で雨宿りをしながらスタート時刻を待っていると、「吉田のテレビ局です」と地元のCATVと思しき方からインタビューを受ける。 雨でコスプレランナーが極端に少ないので、格好のネタなのだろう。 あまり人前でしゃべるのは得意ではないので、ちょっと当たり障りのないことを話すだけである。 その前にも知らないランナーさんたちから「記念撮影」といっしょにカメラに収まった。 また、カエルの被り物をしたランナーさんも「きょうは少ないですよね」と話しかけるのであった。
(続く)
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Aug.24(sun)23:00 | Comment(0) | ダイアリー 08年 | Admin
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| 笹尾根を駆ける-3 |
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| いったん周遊道路に出る。天気が悪いし、これを下まで走ってもよいかなと思ったが、山道を「山のふるさと村、奥多摩湖」という標識があったので、これを行く。 沢沿いの雰囲気のある道であるが、それこそ人など年に何人とおるのか、といったところで、道探しも時々強いられる。 この程度の雨だから良いが、大雨となったら沢筋にはいるのはもってのほか。 ところがこの程度なので、たいへんに趣きがあってよい。 腐りかけた木の橋を渡るところで水を飲み、ストックを洗う。
この先、苔むした岩で滑って転倒。お尻から落ちないようにくるっと180度回転して、腕立て伏せをして受身をとった自分に自分で驚く。 胸から下げたカメラも大丈夫であった。
ただ、この先気がついたときに、ストックの先端のゴムキャップを失っていた。 これだけ売っているだろうが、確か割高だったように思う。
転倒したところからすぐにキャンプ場に出てビックリ。 ここが山のふるさと村のようだ。 舗装路を走ってこの施設を抜けていくが、かなり広く、炊事場が何ヶ所もある。 下に来て駐車場があるが、これもものすごく広い。 入り口近くのトイレで用を足す。
いったんこの施設を出るが、さらに下に大きな施設があった。 サルがゆうゆうと欄干を歩いているところをみた。
この施設を抜けると「奥多摩湖、浮橋へ2キロ」え~、まだ2キロもあるの!
ヤマメのつかみ取りなどやっているところの先は奥多摩湖の端であるが、入り江の何ヶ所もある奥多摩湖を丁寧にトレースして麦山の浮橋に向かうようだ。やれやれ。
あがりかけていた雨もまた強くなってきたし、カミナリも近くで聞こえるようになってきた。 カミナリに追われるように、奥多摩湖沿いの遊歩道を走って走って走って、浮橋に向かう。 入り江を回るたびに「まだ、浮橋が見えない・・・」となるが、「あと○メートル」の標識は頻繁に出ている。
明らかにハイカーではないアベックに出くわしたが、そこから10メートルで麦山の浮橋への降り口。ようやく出たか。
浮橋を走るわけには行かないのであるが、早足で雨から逃げるようにさっさと渡っていく。ここで写真を何枚か撮ると、ちょうど電池切れとなった。
青梅街道に上り、トンネルを抜けて峰谷橋を渡り、奥多摩駅行きのバスの時刻表を見ると、16時過ぎまで無い。いま15時半。 行けるところまで小河内ダムのほうまで歩いて行こうと出発。 そのうちに雨もすっかりあがってきた。 いくつかのトンネルを抜け、バスが来るまであと15分ぐらいというところで、バスを待つことにした。 濡れたものをはずし、傘もたたみ、ビニール袋にしまう。
やがてやってきたバスに乗って車窓から見る景色は、さすがに歩いたところだけあって記憶に刻まれている。
氷川の町は祭礼が行なわれている。、交通渋滞でバスも到着するのが遅れたか、電車は二分前に出たあとだった。 ロング缶缶ビールと、300ccの沢の井と、ちくわを買って乗り込んだ快速電車で飲む。 快速とはいえ、単線区間では待ち合わせばかりで、時間がかかる。 御岳駅でたくさん乗ってきた中高年団体の女性二人に挟まれる形になり、そのうちのおひとりと立川駅までずっと山の話しをしていて楽しかった。
立川駅に5時50分過ぎに到着し、6時閉店のびゅうプラザになんとか間に合うことができた。
今回、18時に立川駅のびゅうプラザに間に合わせるという予定があったが、前半の調子では、「これは鞘口峠で奥多摩湖に下りるどころか、その先まで足を延ばすことが十分に可能だ。あわよくば、大会の第二CPである月夜見第二まで行き、さらに小河内峠、御前山から死体遺棄現場の栃寄に降りるということも考えられる。暗くなるまでに降りて来られればベストだが、ヘッドランプも持参しているし、知っているところなのでダイジョーブ」とさえ思った。
もちろん山の常識として、雷が鳴ったらすぐに最寄の里に下山というのがある。 遭難したら元も子もない。これは「クルマには燃料を入れる」という程度の大前提である。
大会のコースもだが、笛吹集落から尾根への登りや、風張峠から麦山の浮橋への下り、といったまず人の通ることのない山道歩きはトレイルランニングとは違った登山者としての血が熱くなって楽しかった。 次はLSとスタート地点から、笹尾根を行けるところまで行ってみよう。
本日はストックを用いた四足歩行が良い感じで行なうことができたので、脚への負担が小さく、たいへんにラクに歩くことができた。 これを使った練習を取り入れて、全身運動とすることができるようになると、本番では後半に余力を残すことができるのではないだろうか。
(おしまい)
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Aug.9(sat)23:02 | Comment(0) | ダイアリー 08年 | Admin
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| 笹尾根を駆ける-2 |
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| いよいよ日本山岳耐久のコースである。このあたりで26~7キロぐらいのところだろう。 すぐに丸山への登りであるが、巻き道を行かない。山頂にでて、笛吹峠への下り。このあたり、ちょっと人くさいがまったく登山客と遭遇しない。 やはり真夏にこんな低山を歩く物好きはいないのだろう。
笹尾根はところどころピークをいくことのあるものの、ほとんどがなだらかで脚にストレスのかかることが少ない。 ただ道は狭く、レースの前半ということを考えると、かなりごった返すのだろうなと思う。 「笹尾根」の名のとおり、笹薮を開いたような狭い道が多い。 始めは観察したりして歩いていたが、そのうちにストックをリズミカルに振り、走り出す。かなり快調に走ることができる。 気がついたら西原峠に出ていた。笛吹峠から一時間かかったかな、ぐらいの感じである。 ここは上野原側がよく見える。 すぐに槙寄山。
さらに快調に走り、気がつくとキツイ登りが始まっている。 1500mの三頭山に向かうのぼりだろう。
気になることがあり、ジェット機の音かなと思っていたが、(じっさいにジェット機はこのあたりを航路としている)どうもようすがヘン。 まだ午前中なのでカミナリの音がはっきりとして来た。 さらに上野原側を見ると完全に雲の中で視界がきかなくなっている。 やばいやばい。これまで快調にダブルストックで飛ばしてきたのに。 気がつけば、セミの鳴き声や鳥の声も聞こえなくなっている。 ちょっとヤバイ状況になっているようだ。
三頭山への登りがきつくなってくると、植生はブナ林となってくる。 そのうちに都民の森の標識が現れる。ハイキングコースに入ったか。 大沢山の標識のところにハイカーがひとり。 今回初めて観光客と遭遇した。
ちょっといって三頭山非難小屋。12時をちょっと過ぎたところだ。 空模様が怪しくなっていくので、ここで休憩して昼食とする。 登山者の方たちは手作り弁当を食べたり(ご夫婦連れ)、コンロでラーメンを煮て食べたりしている。ワタクシはあさコンビニで買ったパン。 カロリーメイトを走りながら食べるのに比べれば立派な食事である。
「ゴロゴロ」が近くで轟くようになってくるし、雨もついに落ちてきた。 折りたたみ傘をリュックから取り出す。 休憩中にブヨにやられたか、ふくらはぎと上に噛み跡があり、かなりかゆい。 20分ほどの休憩で、傘を差して山頂に向かう。 片手に傘なので、これまで調子よく来たダブルストックはシングルストックとなる。 キツイ登りでシングルはしんどいのと、なかなかリズムが取れない。 10分ほどで覚えのある三頭山頂にでる。十人ぐらいの方たちが雨宿りというか休憩をしていた。傘をさしている人が多い。 夏の低山では傘がいちばんの雨具である。風も無いのがよけいにそう感ずる。
三頭山はいくつかのピークを持つ山で、となりの峰にいくと人はいない。 いよいよ多摩川本流側に入った。 レースでは三頭山がほぼ中間の地点であるし、コース中の最高標高地点。
鞘口峠へ急で、狭い道を下る。傘を差しながらなので時間がかかるが、木の下道で、あまり濡れないので、この時点で傘をしまってしまえばよかったと後悔。 動物の声が聞こえるなと思ったら、犬を二匹つれた夫婦連れにすれ違った。 雨で暑い山に連れてこられて、犬も迷惑ではないのかな。
途中で何組かを抜くが、それでもコースタイム並みに時間がかかって、ようやく鞘口峠にたどり着く。こんなにかかったかなぁ。
ほとんどすべての登山者はここから数馬側に降りる。 ワタクシは奥多摩湖側に降りる予定で、どこまで進めるかな、と思っているのだが、鞘口峠から降りる道もある。ところがこれは歩道崩落につき通行止めとなっていた。 雨だけならまだしも、雷はさすがに怖いので、早く下に下りたほうが無難だなと思っていたのだが、風張峠に向かうことにする。 ここなら最悪自動車道を降りればよい。
二年前に通ったところで、鹿除けのネットとか、ドリーネの表示とかきちんと残っているが、カミナリに追われて、あまり余裕が無い。 自動車道路の見えるところにきたら、風張峠の標識。 山道を奥多摩湖に行く表示があったので、これを行く。
ところが斜面を行くこの道が崩れていて、かなり危険。ところどころ道を見失うところもあり、初心者ではまず無理の道になっている。 雨も強くなったら、この道を行くことは不可能だろう。 慎重に慎重にトラバースしていく。 しばらく降りると、落葉による腐葉土のたいへんに歩きやすい道となる。 ガンガン走って飛ばせる。柔らかいので下りで足首やひざを痛める心配も無い。 ダブルストックならさらに早かったことだろう。 ときどきまた崩れた斜面のところなど出てくるし、そういうときに限って雷が近くに聞こえる。
(続く)
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Aug.9(sat)23:01 | Comment(0) | ダイアリー 08年 | Admin
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| 笹尾根を駆ける-1 |
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| LSには黙っていたが、先週の山行のあとに記録をつけていて、「翌週も登りに行こう!」と予定を立てることにした。 その後、LSから次のトレーニング山行のことや、バスの時刻表の載っているURLなど連絡してきたが、すでにこちらも下調べ済みであった。 立てた計画は彼にしゃべりたくてしかたなかったが、 「当日、彼は大阪に行っているはずなので、そのときにメールをして驚かしてやるか」と思って沈黙を守るのであった。
8月の十日前後は一年でいちばん暑い頃である。 5時に起きるとすでに気温がかなり高い。 昨夜はオリンピック開会式の中継を途中で見るのをやめて寝たのだが、 暑くてしょっちゅう目が覚めていた。 昼間、汗をかくので夕食にかなり塩分をとるのだが、それで夜中に汗をかいたり、のどが渇いたりして目が覚めるように思う。
ものすごく早い時刻というわけでもないので、電車など通勤通学のひとが少なくないが、土曜日なのでぎゅうぎゅうというわけでもない。 五日市線に乗ると、ホセ隊長の出身高校の制服を着た、体格の良い男の子が何人か乗っている。体育会系の連中であろうか。隊長よりも大きなからだであった。
武蔵五日市駅から数馬行きのバスは数が少ない。 調べてきてはいるのだが、電車は一本前のものに乗ることができたので、30分ほど待つこととなる。ものすごく暑い。
マウンテンバイクの調整をする人、トレイルランニングのグループも何組かいて、食事を摂ったり体操をしたりしている。十人ぐらいいる。 もちろんふつうの登山客もたくさんいる。ジジババばかりでなく、若い人もけっこういる。
次の電車がきたら、バス待ちに列ができたので、あわてて並ぶ。 多くの年配の登山客が比較的早いバス停で降りて行った。戸倉三山でも行くのだろうか。真夏に低山はたいへんなことだろう。
路線バスながらかなりの速さで走る。各バス停の予定通過時刻も、こんなスピードで走ったときのことを想定しているのだろうか。 秋川沿いの道は片方が秋川、片方が山で路肩に開きスペースが少なく、観光客向けの駐車場がもうけられているようなところがほとんど無い。 バスで山に行くときは、こういった駐車場やトイレの有無をきちんと調べておき、次に自家用車でやってきたときのための準備としておくことが大切である。
車中に残った登山者を含めた観光客は、みんな終点の数馬まで行くのだろうか。途中で降りる人がいない。 ワタクシはいくつか手前の「笛吹(うずしき)入り口」というバス停で降りる。 運転手も「こんなところで?」という風であった。 武蔵五日市駅から50分。820円。
8時半であり、内陸部・低標高ということもあり、蒸し暑いこと。 バス通りから山に向かって10分ほどいくと、それなりの集落がある。 これが笛吹集落。 甲武相国境の笹尾根を挟み、秋川沿いや棡原(ゆずりはら)側にはこういった小さな集落が点在し、自動車の普及する前は山越えでずいぶんと交流のあったようだ。 棡原は「日本のビルカバンバ」という人もいるほどの長寿村で有名であった。 山間での農作業のための徒歩による上り下り、コメがとれないために低カロリーの食事となること、雑穀・そば・こんにゃくなど地元で取れるものを消費せざるを得ないが、どれも長寿に欠かせない食べ物であることなど、研究者が著していたが、どれも現代社会では難しいこととなっていることだろう。
ワタクシのこれから登る小棡峠へのみちは地図上にはあるものの、一般的な道ではないようで、じっさいに歩かれているかどうかは分からない。まして真夏のヤブに隠れてしまっているのかもしれない。
集落にいたおばさんに「すみませーん!小棡峠への道はどっちでしょう?」 「あの橋を渡って、行き止まりに標識があります」 その通りにいくと、はたして小さな道があった。 ちょっといくと背負い籠を背負ったおばさん。 スピードが違うのですぐに追いつく。 「おはようございます」 「あれあれ、先に行ってくれる人がいてよかったよ」 話を聞いていると、イノシシが良く出るところらしく、ひとりで山に仕事に行くのが怖いという。しばらくいったところに畑があると言っていたが、どうだったかな。 集落の畑は、イノシシやサルによく荒らされて困ると言っていた。
集落からの登り始めはかなり急な坂で、杉の植林の枝打ちをしたものが、そのまま下に落ちていて、道を杉の枝と葉が埋め尽くしている。 これに最近は毎日のように来る夕立で水が流れているのか、川に枝が流されてきたような状態となっている。 ところどころ分かりにくいところのあるものの、ちょっと状態の違うところに出てきた。 こんどは広葉樹の葉に埋め尽くされ、腐葉土状になったところだ。やはりところどころ分かりにくいところがある。 視界の開けたところにでるが、これからいく三頭山が遥か遠くに見えている。 眺めのよいのも考えものだな。 ただ、やはり湿度が高く、遠くまでキレイに見えるという感じではない。
チェーンソーの音がして、間伐でも行なっているのだろうか。 この作業をしていたおじさんが 「あれ、あんたひとりでここ登ってきたのかね?」という。 笛吹集落からは笛吹峠に直に向かう道があるが、そちらのほうが一般的な道のようだ。どちらにしてもハイカーでこれを登る人は少ないようである。 ここから上はなだらかになり、林間を抜けていく。迷わないように赤テープや木々に白ペンキが塗られている。 山を巻くように浅間峠側に行くので、この道でいいのかなと思っているうちに稜線にでた。小棡峠の標識がある。 バス停を出発して70分かかった。 きょうははじめからストックを使っているが、リズムを取ることもできるし、登りではもちろん威力を発揮するし、四足歩行の強さを感じた。 脚の筋肉がぜんぜん消費されていないようだ。
(続く)
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Aug.9(sat)23:00 | Comment(0) | ダイアリー 08年 | Admin
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| 夜間登山訓練-3 |
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| 日本山岳耐久60キロの標識をみる。残りは12キロ。 ここで快速を飛ばしてくるランナーふたりとすれ違う。 階段状ののぼりをひと登りして日出山山頂。最後のピークである。 湿度が高いようで、景色がかなりぼんやりとしている。
大会のとき、絶好調で快速で明け方にここに来て、東京の夜景を見ることができたらいろいろの意味ですばらしいことだな。
階段状の下りを下っていく。 もう九時を過ぎ、すっかり普通の登山者の活動する時刻なのだが、これに会わない。 金毘羅尾根はやたらと長く、この暑い季節に利用する登山者はいないのだろう。 ランナーを男女各1人お会いしただけである。
「これなら、元気なときは走ることができるな」というような道が延々と続く。 実際、終盤に向かうに従い、安全で緩やかな道になるので、疲労の蓄積したランナーでも事故にあうことの少ないのであろうか。
ケモノの運子もかなり見るが、じっさいのケモノには会わなかった。 ヤマユリはいたるところに咲いていて、たいへんに良い。 暗いときにも香りで存在が分かる。
ひたすら単調な緩い下り道を歩いていく。 腹が減り、パンを食べる。もう、先は見えているのでのんびりムード。 暑くて急ぐ気にもならないのだが。
森を抜けて日のあたるところに出ると、ものすごく暑い。 草もぼうぼうで人里の近いところを感じさせるが、頭の痛くなるほどの暑さである。
しばらくして金毘羅神社に出る。 ハイカーというよりも観光客のような人たちに会う。 もう町は近いが、まだまだ時間はかかりそうだ。
舗装路交じりの道を行き、自動車道路とショートカットのように見える山道が分かれるところがあり、山道を行く。 これが失敗で、山の反対側に降りてしまった。 まあ、ひなびた村落に出たと思うことにしよう。 尾根の端部を回るようにして、五日市の町に出る。 ゴール地点に行くことも無く、酒屋に入って缶ビールを購入。
武蔵五日市駅でも一本買って、電車内で飲む。 拝島駅で乗り換え、立川の町に出て、LSと中華料理店のランチコースを楽しみ、 今回のフィナーレとするのであった。 食事はおいしく、中国人の店主の話しも面白く、いい締めくくりであった。
今回、ずっと走っていなかったため、脚の良い休養となっていたようだ。 水曜日に腰を痛めたが、回復期だったのが幸いした。 熱帯夜の連続で睡眠不足で頭のボーっとした日が続いていたため、 徹夜できるか不安であったが、大岳山頂での五分の仮眠だけで大丈夫だった。 金毘羅尾根ではかなり疲れていたようで時間もかかったが、テンションは高く、五日市の町に下り、ビールを飲んでからはかなりハイになっていた自分があった。 東所沢駅から自宅までの前半半分も走ってしまい、暑いので柳瀬川に来てからは歩いていたが、川沿いにのんびりと歩きながら、今回の旅を反芻するのであった。
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Aug.2(sat)23:03 | Comment(0) | ダイアリー 08年 | Admin
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