| 大晦日 |
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08年12月31日 水曜日
ふつうに起きる。昨夜はけっこう飲んだようだ。
雲の低く垂れ込めている風でもなく、風が若干冷たいが、積雪も無く走ることが出来る。 着替えて10時前から走りに行く。 電車道を行く。 工業団地、大蒲原小学校裏、大蒲原と通り、R290に出る。 始めは寒くて走るのもかったるく感じていたが、からだが暖まるに連れて楽しくなってきて、いくらでも走ることのできるような感じとなってくる。 ただ、明日は6キロとはいえ、大会なので何時間も走っているわけには行かない。
帰路は大蒲原の集落の中に入り、バス通りをそのまま寺田集落へ。 大蒲原小学校の正門の前を通って、中野橋へ向かう。 クルマでもなかなか走ることの無いところで、新鮮な感じがした。
村松の町内に戻ってきて1時間15分ぐらい1。 走る速さからすると13キロ程度だろうか。
昼食をとって家族で町中へ。 しまむらとコメリ。 そして大阪屋である。
戻ってきてしばらくしてから望と風呂に出かける。 女性陣がいないので新津温泉に行こうと思い、そちらに向かう。 ついて見ると営業していない。 大晦日は午前中で終了だという。
ありゃりゃ、それではと出湯温泉に向かう。 カーナビが役に立つ。 瓢湖を経由していくが、ちょうど日暮れ時で白鳥が退去して戻ってくるところで、十何羽という白鳥が群れをなして飛行してきて着水するさまは圧巻であった。
「温泉が五時で終わりだったらがっかりだね」と望と話しているうちに五時の時報が聞こえる。
出湯温泉の駐車場にクルマを置き、共同浴場に着くと5時5分頃。 管理のおばさんがおもてにいて 「きょうは五時で終わりですよ」 ありゃりゃ。 華法寺温泉も同様であった。
望と話していたことが現実となってしまい、たいへんにがっくりと来る。 紅白歌合戦までには戻りたいので、家に向かう。途中、温泉のある矢印があったので従って向かってみると、やはり営業はしていなかった。
帰宅して入浴する。
大晦日の夕食は恒例の料理。 根菜を中心とした野菜類の煮しめ、塩鮭、数の子など。 今夜も酒がはかどる。
食事中に紅白歌合戦が始まる。 注目はトップで右手を汚した浜崎あゆみ。 序盤から布施明や実川憲一など、どんどんと大御所が登場。 適当なところで、洋室に移り、格闘技を見ていたり紅白を見たりに切り替える。
11時を過ぎ、居間で年越しそばのできるのを待ち、これを食べる。
紅白歌合戦は大取りが氷川きよしか。 後半の中盤以降、女性は一青ようとか平原絢香など歌唱力のある歌手が出ていてよかった。
それでも歌手のチカラと言おうか層の厚さに差が有り、これで三年連続の白組の圧勝。
終わるとすぐに望と神社へ。 ことしは雪が無いので人出があるかなと思ったがそれほどでもない。並んでいるときに小雨が降ってきたが気になるほどでもない。 40分ほどの待ち時間だったろうか、拝殿前まで来て拝む。 望はおみくじを引き、大吉が出たが 「やっちまったー。いまが最高ということかよ!」と逆に嘆いているのであった。
途中、家内からメールがある。駐車場の前を見てみてくれという。 うっすらと積もった雪の上に、足跡で「合格」という字が書いてあった。
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立派な数の子
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年越しそば
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【合格】
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Dec.31(wed)23:00 | Comment(0) | ダイアリー 08年 | Admin
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| 年末恒例の新潟行き |
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08年12月30日 火曜日
父には昨夜、8時半ごろに出発したいとは言っていたのだが、父をピックアップしたのは9時ごろ。 三芳PAから高速に乗る。
渋滞も無いが、かすんでいてあまり遠くの山は見えない。 水上のあたりで虹がしばらく見えていい気分である。
国境の長いトンネルを越すと、なんと雨。
雪で無いだけましであるが、景色が見えないのでつまらん。 大和PAでトイレ休憩。
三条燕ICでおり、五泉に向かうためにいつもと違う道を行く。 湯田上温泉から入っていくと、すぐに峠を越すのだが、狭い道が延々と続き、走りにくかった。
かなり時間がかかり、ようやく恵比寿についた。 かなり雨が降っている。
店に着いたのは13時に近かったが、13時半までとのこと。 空いてはいたが、ストーブのチカラが弱く暖かく感じない。 チャーシュー麺の大盛りを頼む。 例のどんぶりの淵に盛られたチャーシューは脂身がくどくてあまりおいしく感じなかった。 どんぶりの真ん中に置かれたチャーシューの方がおいしい。 ほかの人間が頼んだ、普通のラーメンにも立派なチャーシューが何枚も入っており、これでじゅうぶんであろうか。
食後、家に向かう。 ついてしばらくして、家族は買い物に行くといっていたが、疲れたのでコタツで寝てしまう。
夜、家の風呂に入り、夕食。 刺身と、スカスカのカニであったが、新潟の酒はウマい。
どうもコタツで寝てしまう日々になりそうな予感である。
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Dec.30(tue)23:30 | Comment(0) | ダイアリー 08年 | Admin
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| お歳暮が |
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08年12月06日 土曜日
LSがカニを贈ってくれた。
立派なタラバガニで、とてもおいしかった。 脚一本で缶詰一缶分以上はあった。
ごちそうさまでした。
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中学生の顔と比べてもこんなに大きい
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Dec.6(sat)23:00 | Comment(0) | ダイアリー 08年 | Admin
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| 第28回つくばマラソン |
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| LSと参戦した。ワタクシは三年連続。 初めてサブ4を達成した大会であり、ワタクシにとっては欠かすことのできない大会となっている。 また、つくば市在住の知人宅にお世話になるのも恒例となっている。
知人宅に7時に入り、着替えさせていただいたり、暖かいものをご馳走になったりして、大会会場に8時。
DMさんと落ち合い、彼はわれわれのとなりにテントを張る。 受付けを済ませた後、ブースを冷やかしたり、トイレに行ったりしているうちに、もうスター時刻がせまる。 LSは陸連登録なので、スタートラインに近いところからスタートできる。 ナンバーは申告予想タイム順で、ワタクシは真ん中よりは前のほうのようだ。 スタートラインまで3分かかった。フルで1万2千人ぐらい参加しているようだ。
集団の中で遅く行くことも早く行くこともできず、10キロぐらいまで進む。スタートロスを別として、ネットタイムでキロ5分数秒で来ている。 「30キロまで5分10秒」の予定であったが、自分にとってはオーバーペース気味。 ええい、行けるところまで行ってしまえ。 16キロぐらいから23キロぐらいまでは北風を受け、かなりいいペースであるが、向かい風となる帰りがコワイ。ワタクシは25~30キロが苦手であるし・・・
それでも折り返してからもなかなかよいペースで進む。 30キロまで昨年と同じ2時間40分である。 感覚的には、ここまで時間の経つのが非常に早く感じた。
昨年はこのあたりでエネルギーが尽き、みるみる失速して行った。 今年は35キロまでまあまあ自分なりに走っている。 「残り5キロ」で高いところにある歩道橋を渡るのだが、このあたりから失速が始まる。 二年前にサブ4を達成したときは、この残り5キロで4時間切りが無理かもしれないと思われるのを、かなり挽回して初サブ4を達成し、涙したものだ。 ことしは、どんどん遅くなっていき、38キロからはふくらはぎがつりはじめるわ、30キロあたりから靴づれぎみだった右足の裏がかなり痛くなるわ、シャツでわきの下がすれて痛くなるわ、かなり苦痛になってきた。 走りはじめから吐き気はするし、後半は胸が苦しくなったり、貧血気味だったりした。 この一週間はあまり食欲も無かったし、体調は良好とはいえなかったようだ。 大学構内に入ってから40キロ過ぎは記憶もあまりない。 最後のトラックはがんばるものなのだが、苦痛以外の何ものでもなかった。
今年の3月にだした自己ベストよりもかなり悪い。4月の長野のときよりも悪い。 それでもつくばではいちばんよい結果だったようだ。
走り終わった後は、足がつるし、胸が苦しくて何も食べることもできないし、一時間以上テントで休んでいた。 LSは暖かくておいしそうな、卵の入ったうどんを食べていたが、ホントになにも食べる気がせず、エネルギーゼリーとビールを流し込むのみである。 撤収して帰路につくと、ちょうどDMさんがゴールに向かって最後の疾走をしているところだった。 彼の写真を撮ることもできたし、挨拶もできたのでよかった。 彼とは、二週間後にもまたお会いする。 そのときはよろしく。
市内の知人に迎えに来てもらい、お宅で一時間ほどまた暖かいものや甘いものをいただき、人心地つく。 紅葉狩りの帰りなのだろうか、大渋滞の常磐道を戻る。 渋滞を避け、また汗を流すために吉川の温泉に寄って時間調整。 8時過ぎに出てきたら、道路はさすがにすいていた。 LSはワタクシのうちからさらに数十分かけて帰宅か。 ご苦労様でした。
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Nov.30(sun)23:00 | Comment(0) | ダイアリー 08年 | Admin
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| 日本山岳耐久レース |
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| 奥多摩の尾根71.5キロを制限時間24時間で天狗のごとく駆け抜けるレースにLSと初参加してきた。 二年ほどままでは「鉄人、超人の出るもの」とさえ思っていた大会であったが、昨今のマラソンブーム、トレイルマラソンブームの頂点にあるような大会のため、申し込み受付開始ふつかで定員に達するという人気であった。 「トレイルマラソン」と書いたが、主催が東京都山岳連盟であり、あくまでも耐久登山の位置づけであり、例年登山靴に本格ザックのひとも参加するという(今回確認することはできなかった)
過酷な大会であるが、練習と下見を重ねるうちに 「なんとか時間内完走はできる」と確信する。
綿密な計画をたて、一週間前からはワタクシにとって一番きついシバリである禁酒に入る。 睡眠で疲労がよく取れて正解だったようだ。
無風、晴天とこれ以上は無い気象条件に恵まれ、計画とおりにレースを進めることができたし、休憩も15分以内でとめていたので、防寒着をきなくとも、からだの冷えることもなかった。 深夜は登山道の脇で死屍累々の如く、そこいらじゅうで睡眠をとっている人が多く見られたが、年よりは目的があれば徹夜も苦にならない。
「22時間で帰ってこられるだろう」と思っていたが、走っているうちに「20時間前後でもいけるかな」となってきた。 途中、休憩も増えたが、最後に来て二時間しっかりと走って下山することができたこともあり 20時間29分でフィニッシュ。 あさの9時半であるが、ゴール地点に応援に来てくれた友人の持ってきてくれた缶ビールを飲んだが、一週間ぶりのアルコールは、感極まったからだ中に染み渡るのであった。
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Oct.13(mon)20:00 | Comment(0) | ダイアリー 08年 | Admin
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